JR奈良駅前からタクシーに乗って
唐招提寺に行きたいと告げると
「もし両方みるなら薬師寺のほうから」
と強く推されて薬師寺に着いた。
薬師寺は680年に天武天皇の病気平癒を祈願して
建立を発願したものの完成を待たずに天武天皇は亡くなられてしまい
皇后が持統天皇となってから、698年に講堂が完成し
阿弥陀仏の開眼供養を行った。
私が18歳の頃、手相を見てもらった時に
「あなた、お寺や神社に行っては、嫌な思いするでしょ」
といきなり言われた。
「日本の神社仏閣は、病気や飢饉を何とかして欲しいとか
誰かの呪いが恐ろしいから封じ込めたいといった理由で
建てられたものが多いから、あなたはそんなところへ行っちゃダメよ」
既に中学高校の修学旅行で奈良や京都に行って
お陰様でってほどに思い切り嫌な思いをして
二度と行くものかと思っていたので
どこがどういうふうにいけないのかなどという質問はせずに
あぁ、やっぱりという感じで素直に
「はい、わかりました」と言ってしまった私。
その後、なんでか海外で教会やモスクに行ってしまうので
そろそろいいんじゃないかと国内の神社仏閣にも足を延ばした。
この10代の記憶がそうさせるのか
薬師如来を見ると病気を治してくれる有難い仏様というよりは
なんだかミョーにエラそうじゃないですか?と
反抗的な気分になってしまうのだが~
薬師寺に来てしまった~
駐車場に沿って石畳を歩いていくと
薬師寺参拝の前にこちらの八幡宮にお参りを
と書かれていたのだが、なにやらイベント中。
子供の奉納相撲が行われるらしい。
とりあえず、手を合わせてみた。
それからまた神社があったがパスして道を進むと
この道路と電線、ちょっとどけてみて~という感じで
門と塔が2つ現れた。
薬師寺は、710年に平城京に都が移されたあと718年に平城京に移され
平安時代には火事や大風のため、鎌倉時代には地震や戦火により
建物が失われ、復興は江戸時代や明治時代に引き継がれて
明治時代に入って、東塔の修理がようやく完成する。
随分、こじんまりとした門だなと思っていたら
江戸時代に西門として建てられていたものを移築したのだとか。
それにしても白鳳時代に建てられ修理されたた東塔
鎌倉時代に建てられた東院堂のほかは
やたらと真新しい建物であるのだけれど世界遺産なんだ。
へえー←なんとなく反抗的。
拝観料を収めて、受け取った薬師寺伽藍図と睨み合っていると
お坊さんではないけれど薬師寺関係者の一人が寄ってきて
周り方を説明してくれて
「ここにあるお手洗は敷地外の道路に出られるから
そこから、唐招提寺に向かうといいですよ」
と貴重な情報もGET。
建物が新しくてきれいなのは良いんだけど
植木がほとんどなくて、日差しを遮るものはない!
台風が近づいてて、雨になるかもと思っていたのに
青空と白い雲が輝く残暑が辛い日なるとは...
ここまで来たらいくしかあるまい!
と心の中で拳を握る私だった。
このように見えると素晴らしいとは思う。
西塔が手前に見えるから近鉄橿原線の線路のほうからのはずだが
電車の電線は写ってないし、どこだろう?
↑パンフの表紙です。
ぶつぶつ言いながら薬師寺に来たのは
私なりに理由があるのだが...続く。



