東田直樹著『自閉症の僕が跳びはねる理由』を読んだ。

自閉症の当事者である13歳の少年が、自閉症の特性、特徴を質問に答える形式で書いている。


繊細で優しい、そして強い感性の持主だと感じた。

さらに、著者は大変に常識的で知性的だ。


所謂、世間が「自閉症」と呼ばれる人々、

それはきっと‘’外側‘’のイメージなんだと思った。


著者は他者と会話がほとんどできない程の重度の自閉症だという。


著者がこのように自分を文章で表現できるのには様々な、それは私には想像もつかない試練、訓練、障壁があったに違いない。

著者を周りで支えたご両親、先生方の努力と忍耐は図りしれない。


さて、この本の中で

「僕たちは原始の感覚を残したまま生れた人間」

という一文が突き刺さった。


なんて、純粋で美しい感覚なんだろう。


そして、それを忘れたかのように忙しなく生きている現代社会は、息苦しくなっていることだろう。


近代以降、企業が誕生し、資本主義のなか人間生活は組織のなかに組込まれてしまった。

組織が大きくなれば、全体の利益を優先させてしまって、個人としての自分は埋没してしまう。

そして、管理にならされてしまった人間、個人を埋没できた人間が優秀とされてきたのではないかなと思った。

それができない人たち、集団からはみ出してしまう子供たちがきっと沢山いる。。


そうして、そういった組織に合わせられない、はみ出してしまう人たちを発達障害としているのではないだろうかと私は思っている。


もう少し、社会ルールや組織を大まかにしてしまえば、人に迷惑をかけることにみんながそれぞれ寛大になっていけば、この窮屈な閉塞感は薄れていくのではないだろうか。

思いやりとか、そんなのじゃない。


理知的になりすぎた現代社会。

その奥深く眠っているはずの原始的な感覚を思い出したら、瑞々しい風が吹くのではないだろうか。


最後に短編小説が掲載されていた。


これが本当にとても良かった。

瑞々しい感性と寄り添うような優しさを感じた。

文章も構成も私は好きだった。


まるで宮沢賢治の作品のようだなと思った。


初々しくて繊細で、やさしさと星のきらめきがあった。


コミュニケーションが取りづらく、誤解を生みやすい自閉症。


‘’内側‘’は見いている外側と全く違う。

そのきらめく内側と握手ができた気がした。


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(東田直樹著 『自閉症の僕がとび跳ねる理由』)