・準備編【8-4】UKに纏わる事柄の色々を順不同で眺めてみよう。!!」

8) フランシス・ドレーク
     フランシス・ドレーク (Francis Drake, 1543年? -) は、南イングランド生まれのイギリスの海賊、私掠船船長、海軍提督。ラテン語名がフランキスクス・ドラコ 、スペイン語名がフランシスコ・ドラケ であり、ドラコやドラケは悪魔の化身であるドラゴンを指すことから、海賊行為で苦しめられていたスペイン人は彼を「ドラコ」や「エル・ドラケ」と呼ぶようになる。


9)海賊
  海賊(かいぞく)は、島や沿岸を根拠地として武装した船舶により海洋を横行し、武力を用いて航行中の船舶や沿岸の部落から収奪を行う組織のことである。

10) 海賊とライセンス
国家公認の海賊行為ライセンスを「私掠免許」と言う。はじめて発行したのはイングランドでの「エリザベス1世(1533 - 1603)」がキャプテンドレークに発行した。 
特にスペインの船が標的にされたという。一般的には私掠免許とは戦争に際し、軍事行動に参加する個人所有の船舶に対して国家が発行した特許状を指す。この特許状を携えた船舶は私掠船と呼ばれ、発行国の責任の下で敵船を 拿捕することが許可された。
現在でいうと「テロ支援国家」「悪の枢軸国家」である。

11)シェリー酒とスペイン
 シェリー酒とは(英: Sherry、西: Jerez:ヘレス)は、スペイン南部アンダルシア地方カディス県の町ヘレス周辺の三角地帯(エル・プエルト・デ・サンタ・マリア、サンルーカル・デ・バラメダ、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ)とその周辺認定地域だけで作られる強化ワインである。
スペイン語の:ヘレス(Jerez)がイギリスに渡ってシェリー(Sherry)になった、そのためイギリスのお酒かなと思っている人も沢山いるようだ。

イギリスの海賊行為でシェリー酒はたびたび掠奪され、ロンドンで売られました。このうちもっとも大量に掠奪したのはフランシス・ドレイク艦隊にいたマーティン・フロビッシャー卿で、1587年に産地のヘレスを襲い「3,000樽」を掠奪した。
この掠奪品がロンドンに着きイギリスの宮廷ではシェリーが流行のきっかけを作った。









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