(12)高千穂峡【RPGゲームと死者復活について】-(旅行3日目)


鬼八はすぐ生き返るので、体を三つに切って別々に埋葬し蘇生を封印した。その後も祟りで初霜が降った為慰霊祭を行なうようになった。鬼八の霊力は巨大です.

一般の社会では「死者は復活しない」のが原則だがゲームの世界ではどうなんだろうか?

日本における代表的なゲームといえばファイナルファンタージ(FF)とドラゴンエスト(DQ)だ。どちらも死者がゲームの中で復活してしまうゲームだ。全員が死んだ時のみゲームオーバになり最初に戻ることになる。FFに於いてはアイテムで「フェニックの尾」を使用し、呪文は「レイズ」を唱えれば良い。中期以降からはさすが不条理を思ったか「死」から「戦闘不能」に変更されている。しかし、戦闘を繰り返す内、段々能力が高まって行き、死ににくくなっていきます。鬼八もきっと、「ケアル」と唱えてHPを補充していたんでしょう。(注)FFではHPが少なくなると魔法コマンド「ケアル」を唱えると対象の人はHPが回復する。






DQに於いてはもっとすごくて、戦闘画面のメッセージにも「タロウハシンデシマッタ(太郎は死でしまった!)」と、もろに表示されて死は日常である。しかし、教会へ行けば必ず復活する。冒険者は不死身なのだ。


ここで注目したいのはどんな死因でも生き返る事である。スライムの体当たり(軽症)、ドラゴンの吐くブレス(重度の火傷)、メガンテ(列車に飛び込み自殺で修復不可能)でバラバラに成った体をどうやって拾い集めて蘇生させるんだろう。


タブーで有る筈の死からの復活が簡単に出来てしまうRPG。「冒険者は不死身で無ければ成らない」という願いや、希望が込められて居るのだろうか?不思議な事だらけのRPGです。



下にある新聞広告を見て欲しい。この広告から伝わって来るわくわく感は一体何処から来るんだろう。(画像拝借いたしました。)

旅に出よう。冒険をしよう。そこには希望が待っている。




次回はお昼ですよと宮崎県知事をお伝えします