(24)→休憩・自由昼食。→坊中→(阿蘇登山道路)→◎米塚(車窓)→【阿蘇・】--(旅行2日目)
【米塚】小ぶりな山だが、形はほぼ完璧な形状の山である(標高954m・標高差は約100m)。写真では分かり難いが円錐台ひっくり返し、天辺を何かで掬い取ったような形状をした美しい山です。バスが走行中に写したので完全な形でお見せできないのは残念だ。成り立ちはマグマが地中から飛び出し上に、噴出し降り積もり、山が形成されたようだ。そのために推定30度位の安息角を持ち綺麗な稜線を形成している。

【米塚の伝説】伝説では阿蘇の神様・【健磐龍命(たけいわたつのみこと)】健磐龍命(たけいわたつのみこと)が収穫した米を積み上げたものが山になった。他の神様(名前を忘れた)から頼まれ貧しい人にお米を天辺から掬い取って分け与えたので凹んでしまった名残だと伝えられる。
【健磐龍命(たけいわたつのみこと】の伝説
祖父である神武天皇の命をうけ、阿蘇山へ来た健磐龍命は、外輪山の上から目の前に広がる湖を眺め、その広大さに感心して、水をなくして田畑を造ろ う、と考えた。そこで、外輪山の一部を蹴破ろうとしたが、一度目に挑戦したところはなかなか蹴破れなかった。それは、山が二重になっていているからで、以 後、その場所は「二重(ふたえ)の峠」と呼ばれるようになった。
今度は別の場所で挑戦したら、今度は見事に蹴破ることに成功したが、そのはずみで健磐龍はしりも ちをついてしまい、「立てぬ」と叫び、以後、その場所は「立野」と呼ばれるようになった。-----「しゃれかい?」
蹴破ったところからは、湖水が一気に西の方に流れ出て、数 匹の鹿が流されてしまったことから、以後「数鹿流(すがる)が滝」と呼ばれるようになった。湖水が引くと、底から巨大なナマズが現れ、湖水をせき止めてい たので、健磐龍は刀でナマズを切り、ようやく湖水は流れていった
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【米塚】小ぶりな山だが、形はほぼ完璧な形状の山である(標高954m・標高差は約100m)。写真では分かり難いが円錐台ひっくり返し、天辺を何かで掬い取ったような形状をした美しい山です。バスが走行中に写したので完全な形でお見せできないのは残念だ。成り立ちはマグマが地中から飛び出し上に、噴出し降り積もり、山が形成されたようだ。そのために推定30度位の安息角を持ち綺麗な稜線を形成している。

【米塚の伝説】伝説では阿蘇の神様・【健磐龍命(たけいわたつのみこと)】健磐龍命(たけいわたつのみこと)が収穫した米を積み上げたものが山になった。他の神様(名前を忘れた)から頼まれ貧しい人にお米を天辺から掬い取って分け与えたので凹んでしまった名残だと伝えられる。
【健磐龍命(たけいわたつのみこと】の伝説
祖父である神武天皇の命をうけ、阿蘇山へ来た健磐龍命は、外輪山の上から目の前に広がる湖を眺め、その広大さに感心して、水をなくして田畑を造ろ う、と考えた。そこで、外輪山の一部を蹴破ろうとしたが、一度目に挑戦したところはなかなか蹴破れなかった。それは、山が二重になっていているからで、以 後、その場所は「二重(ふたえ)の峠」と呼ばれるようになった。
今度は別の場所で挑戦したら、今度は見事に蹴破ることに成功したが、そのはずみで健磐龍はしりも ちをついてしまい、「立てぬ」と叫び、以後、その場所は「立野」と呼ばれるようになった。-----「しゃれかい?」
蹴破ったところからは、湖水が一気に西の方に流れ出て、数 匹の鹿が流されてしまったことから、以後「数鹿流(すがる)が滝」と呼ばれるようになった。湖水が引くと、底から巨大なナマズが現れ、湖水をせき止めてい たので、健磐龍は刀でナマズを切り、ようやく湖水は流れていった
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