知人から子供の体調の事で相談されました。
深刻な内容でした。
しかしそれについてはよく知った事だったので、早くお子様を楽にして差し上げたい一心で、惜しみなく情報を提供しました。
これは私が高いコスト(時間・大金・苦労・試行錯誤の繰り返し)を払って獲得した知見で、検索して出てくるような知識ではありません。本来であればお金を払ってでも掴みたい情報でしょう。
それなのに相手ときたら…
やはり人間はタダで得たものの価値を測れないのでしょうか。私の情報をただの無料のアドバイスとして軽く扱い、受け取ることをなさいませんでした。驚く事に、運に委ねる形をとられたのです。理由はご自分が楽だからでしょう。自ら子供の未来への責任を放棄する選択をなさったことに、驚きを通り越して呆れております。
子供は金魚などのペットと同じ感覚で可愛がっているだけなのでしょう。
情報の価値を理解する・受け取る能力がない人に何を譲っても、豚に真珠と同じことでした。真珠は真珠と見分けられる者の手元にある時だけ価値を持ち、それ以外はただの白い石ころですものね。
知識や情報は財産と同じ。
きちんと受け取り行動に変えられる相手にのみ渡すべきだったのに、きっと私自身が一番、それを安く扱ってしまったんです。結果、自分の時間と労力を無駄に消費してしまった。
とても反省しています。
改めて…
自分の知識や経験は公共物ではない、誰にでも分け与えるべきものではないと考え直しました。
実はこういうことは昔から度々経験していて、その度にがっかりしています
相手を見極める事、今後は強く意識していきたいな。語る前に「こいつは真珠を持つに足るだろうか?」そのように自問したいと思います。