地方選挙で民主党の大敗が続き、相変わらず管内閣退陣論が根強い。
管内閣が退陣することによって、震災の対応で、劇的に改善が期待されるポイントとは一体何だろうか。
もしそのポイントが明確ならば、その対応について、野党や小沢派から代替案を提示しないのは何故だろうか。
対策チームがたくさん乱立していることが問題だ、あるいは被災地へのお見舞いが遅い、震災に対する対応が遅れている、といった漠然とした批判は多いが、具体的に「では、どうすればよいか?」という類の提言は一切無しである。

震災の対応として、政府がすぐ打てる手は限られている。復興にかかる費用の調達(予算編成)、自衛隊の派遣が2大柱である。
どんなリーダーシップのある人間が首相でもこの時期の対応には大差ないだろう。管だから後手後手の対応なのではなく、被害が甚大だから、被災地の回復に時間がかかるのである。阪神大震災と比べて、規模も死者・行方不明者も圧倒的に大きく、更に誰も経験したことのない原発事故が起こっている。
これらに対する対応の長期化を、管一人の責任にしたところで、あるいは首相を変えたところで、何一つ問題は解決しないだろう。

むしろ、この時期に、退陣ー民主党総裁選ー衆議院・参議院での首相の投票ー組閣を行うのにかかる日数を、日々刻々の対応が迫られる首相を不在にし、政治的空白の状況を作り出す馬鹿な国が何処にあるだろうか。
この大事な時期に、首相を変える、というのは世界中からお笑いの的であろう。
いよいよ、日本も終わりか、という印象を受けるだろう。

管の対応の「ココが駄目」だと思うなら、野党も小沢派も協力して知恵を出し、この国難を乗り切ろうと考えないのだろうか。あわよくば政権奪取のチャンスとしか考えていないのだろうか。
各種メディアも内閣支持率などをこまめに集計しているが、はたして何の意味があるのだろうか。
そんなことをする余裕があるならば、被災地への支援や復興プランについて、日本中から多くの知恵を集めて、議論する土壌を作ることが重要である。

東北地方・北関東地方という日本の一部の地震かもしれないが、日本にとって今後の行く末を決める国難である。

ここまで書いたところでニュースを見ると、東京電力の役員報酬は50%カットでも、1700万円程度支給される、あるいは東電社員にはボーナスが出るというニュースを見て、目を疑いたくなった。不況で何年もボーナスの出ない企業もある中、東電にどうしてそんな余裕があるのだろうか。また、今回の地震は免責に該当すると東電側は明確に意見を表明したとのことである。増税による税金を注入して、あるいは電気料金を上げて、原発補償に当たろうとしているのに、自分の社員に給与の計算をするとはどういう思考回路なのだろうか。

東京電力は、電気を売っている。この点が大きく、これまでの民間企業の不祥事と性格を異にする。
雪印乳業の不祥事の際には、雪印牛乳を二度と買わないというチョイスが可能である。あるいは京進で人格の破綻した講師により生徒が殺害される事件が起きた後には、京進には子供を二度と通わせないという選択がある。しかしながら電気に関しては、東電管轄内では東電から電気を買わないとやっていけない。
「必要不可欠なモノを売ってやるから言うことを聞け」という発想は、東電社長の会見、あるいは最近ネット上で問題になった東電社員と思しき複数の人間による反論の書き込み、そして今回の東電の見解から、アリアリと感じられる。

このような思想を持った民間企業に対して、今後も継続的に原発の安全を任せることはできるだろうか、つくづく不安に思った。
さらにこの思想が入社間もない社員にまで速やかに浸透しているような企業は、いつまでたっても成熟した企業に成長しないだろう。

津波の想定が甘かった。その指摘を受けていたが対策を講じなかった。廃炉への躊躇もあり、ベントや海水注入に時間がかかった。あるいは、定期的な点検についても不備があった。
地震は想定より大きい。これは仕方ない。しかし津波の想定が甘すぎる。
さらには、非常用電源の設置状況は明らかに不適切で、炉心溶融を来たした今回の事故は明らかに人災である。

原発事故の拡大により、地震・津波とは無関係だった多くの農民・漁民・酪農家の仕事を奪い、風評被害にさらし、土壌汚染により多くの人から故郷を奪った。

このような事態になってもなお、東電は想定外の地震・津波が原因だったと考えているのである。東電社長をはじめとして社員には恥の概念はないのだろうか。財産を失い、仕事を失い、故郷を失う多くの住民が現在進行形で避難を余儀なくされているにもかかわらず、自分たちの高額の役員報酬が半額になっただけでも非常に厳しいとコメントし、自分たちの給料の心配をするようなメンタリティはもはや日本人の心性ではない。

このような拝金主義にまみれた東京電力は、速やかに国営化し、社員の心構えから徹底的に再教育しないといけないだろう。
社長や幹部はバブル期を経験し、必死に売り込まなくても需要のある電気を独占的に売って安定した利益を得て、歴代の幹部が非常に美味しい経験をする様を目の当たりにしたのであろう。だから、いよいよ自分が美味しい目にあえると思った矢先、役員報酬半額カットに対して、「非常に厳しい」というような、世間の感覚から大きくズレた寝言(ただし本音)を抜け抜けと話せるのである。まったく企業の危機意識の無さは見事である。
若い世代の社員は気の毒な面もあるが、恩恵をこうむるだけではなく、企業の責任を背負う必要もある。これまでの利益を享受した世代のツケを現役世代を払うのは理不尽かもしれないが、低い報酬で必死に働くことが東電社員には数十年にわたって要求される。




































義捐金の額、公共CMの芸能人、芸能人によるお忍びの炊き出しのニュースも良いだろうが、
本当に問題なのは、「この地震・津波・原発問題を日本国民全員がどの程度共有しているのだろうか?」という点である。

今回の震災によって、、震災前の思い描かれていた「日本のあるべき姿」を形成する上で極めて重要ないくつかの基盤を破壊した。その例を挙げると、

1)日本の農作物や工業製品は安全・安心というイメージ
2)安全で魅力的な国際的な観光地としての日本(観光立国に向けた取り組み)
3)クリーンエネルギーを支える日本独自の高度な技術力
4)3)の一部として、日本の原子力発電所の建築・運営技術

これらは、今後の日本の成長戦略で重要なコアであったがゆえに、今回の震災・原発j事故でこれらが失われたということは実に痛恨である。

今回の震災は、自然の脅威との戦いに負けたといえる。原発事故については、あきらかに戦術ミスである。
第二次世界大戦の敗戦後、日本人の価値観は、「軍国主義」から、「憲法9条を旨とする平和主義国家、国民総中流思想」に大きく変貌した。というよりも、変更を余儀なくされた。

今回の震災も、同様に、日本人に、今までの「拝金主義」「利権に群がる政治」など、日本が戦後、平和ボケしている間に増長してしまった価値観に大きな変更を迫るものであるとおもう。
その点で、語彙の選択は悪かったが、石原慎太郎の言わんとするところは理解できる。

今回の震災は国民の価値観の変更を迫るほどの大きな出来事であったということ。
この感覚は、北から西から南から、日本国民のどれくらいの割合に共有されているのだろうか。
どれくらいの人が、この震災のシビアさを共有できているかが、今後の日本の進む道に影響を与えると思う。

現在、被災されている方々への早急な支援、特別予算を組むのは当然である。
ただし、それと同時に極めて大事なのは、復興の道のり、今後の日本の在り方、日本がどういうものを「売り」にして生き延びていくか、という価値観を示し、国民が一丸となって取り組む必要がある。

このような状況にもかかわらず、あわよくば首相の地位に、と小沢と鳩山が画策している、と新聞報道にあった。
自民党も中曽根元首相のアドバイスを反故にして、谷垣は大連立の可能性を消滅させた。

しかし、この事態は、決して管が辞めれば全て解決する類の事態ではないのは明白である。

小沢や谷垣が、管を批判する前に、管の代わりに自分だったら、「日本の今後をどうするか」という大きなビジョンを提言するのが先であろう。
今、管を批判するのは、何の問題解決にもならない。

全員が知恵を絞り、誰の手柄として争いをするのではなく、意見を出し合って良いと決めたものを強力に推し進めて、復興の道筋を、世界に向けて早く示す必要がある。
モタモタしていては、日本は本当にアジアに埋没し、日本が担っていた役割は中・韓に欧米からの要請が行くことになる。

もし小沢の出したビジョンが優れていて、管が採用したって良いだろう?
日本が復興するためには、小沢の地位・肩書きなど、どうでもいいことではないのか?

繰り返すが、震災前の日本の立てた戦略(上に挙げた4つの戦略)では、今後の日本ではすでにやっていけない。
国民の資産を国の借金が超える事態はもうすぐそこである。
今回の原発問題の状況次第では、国の財政の破綻もありうる。
この状況下で、日本をどうすればよいかを論じる前に、管の初動の遅れをあげつらったりするのは本当にばかばかしい。この状況で、人の批判や内閣不信任案の画策にエネルギーを費やす国賊は首相になる資格は無い。

私は率直に、小沢や谷垣には、「今回の震災のシビアさ」が共有できていないのではないか、と思う。

そもそも、このような原子力発電所が各地に乱立している背景は、かつて自民党が与党の時代、小沢も自民党にいた時代の産物ではないか。
初動の遅れや対応のまずさ云々よりも、そもそも、どういう経緯で東京電力が長年様々な問題・内部告発が指摘されていた原発を安穏と運営してこれたのか。大手メディアはちゃんとその問題を取り上げてきただろうか。野党議員による原発に対する告発を国会はどのように審議していたのだろうか。

もちろん、今の状況で民主党の執行部は上のようなことは言わないだろう。低レベルの議論になり、責任のなすりつけ合い、これでは解決しない。そんな不毛なことを議論するより、目の前の被災者救済、あるいは復興を議論する必要が十分わかっているからである。あるいは自民党時代の政策をなじっても、言い訳にしか聞こえないだろう。不毛な議論に引き摺りこまれないようにしている現内閣には、ある程度のインテリジェンスを感じる。

復興にあたり、大幅な増税は免れないだろう。あるいはもっと大規模な価値観の転換を迫る事態が起こっても仕方が無いはずである。
増税をすると景気が悪くなる、という学者や政治家もいるだろう。増税を理由に内閣不信任をする馬鹿な政治家もいるかもしれない。
しかし、復興の規模を考えると、増税を免れない。子供手当て、高速無料化廃止は当然である。

現在の内閣は優秀か否か、それは現在はわからない。将来しか答えは出ない。
私も管政権はスタート直後から好意的に思っていないが、この状況下ではそんなことは「どうでもいいこと」である。
とにかく今、そこを批判する余裕は無い。
国民が全員で知恵を出して、この難局を切り抜ける必要がある。









都内の浄水所の水道水中の放射性ヨウ素の濃度が、厚生労働省の定める基準値を超えた。
乳幼児や妊婦は「飲まないほうが良い」という都の通達が出ている。
相変わらず大人が飲んでも大丈夫か、という問いについては、直ちに問題の無いレベル、などの要領を得ない報道がなされている。
たとえば、朝日新聞の取材に対して、大桃洋一郎という専門家は大人が飲んでも大丈夫、という見解を出している。
こんなこと、正確な実態を詳細に把握せずに、言い切って大丈夫か?
今後、責任をとれるのだろうか。

今朝のテレビでも野菜の汚染について、安全、大丈夫を繰り返していた、東大教授の諸葛宗男氏は、どうして正確な値を詳細に検討したわけでもないのに、安全だと断言できるのだろうか。

メディアに登場する放射線や原子力に関する専門家の発言はあまりにも軽々しい。

科学者ならば、もっと慎重に発言をし、発言に対してはそれ相応の社会的責任を背負ってもらいたいと思う。

安全、大丈夫を連呼する専門家や政治家よ、そこまで安全というならば、福島へ出向き、放射能で汚染された野菜を食べるパフォーマンスをしてはどうか?

経済産業省の原子力保安院の検査員にしても、1週間、原発を離れていたことが明らかになった。被ばくを恐れて及び腰になったのだろうが、あまりにも情けない。仕事に対する責任感の点で、懸命に作業を続ける東電の下請け会社の社員とは大違いである。
いずれこれらの保安院の検査員の実名が明かされて社会的制裁を受けるのは必定である。

前回にも書いたが、エリート、知識階級の人間こそ率先して現地で活躍せよ。