皇子山中学校で起こった悪質ないじめ事件について、色々な新事実が出てくるにつけて、
大津市の教育委員会や学校、警察といった大人たちの犯罪的行為が明らかになっている。
加害児童は、いずれ少年法によって裁かれるだろう。
多くの個人情報が出回っており、その親を含めて社会的な制裁は既にある程度与えられていると思う。
3人の加害児童のうち、2人の親がPTA会長と元PTA会長であり、
「PTA会長の子供は、いじめの加害児童であることが多い?」のかもしれない。

澤村憲次を長とする大津市教育委員会は、今回のいじめ自殺事件を受けて、2回のアンケートを実施し、
アンケートの内容に、中学生からいじめの目撃事実があったにもかかわらず、そのアンケートを握り潰し、
いじめと自殺の因果関係は無いとの報告をした。

あるいは、学校側としても、いじめを見て見ぬふりをしていたことが明らかになっており、担任の森山進を始め校長の藤本一夫も今回の事件の加害者と言えるだろう。これらは即刻、教師をやめたほうが良い。そもそも教員を続けたところで、事件のことを知っている学生や保護者には指導が通じないだろう。教員として指導ができない以上、教員を続けることは困難ではないか?

他の市では教育委員会を構成する5名全て実名を市のホームページ上で公表しているのに、大津市ではすぐには見当たらない。しかし、インターネット上のいくつかの教育関連の資料をみることによってのみ、以下の人物がその構成員であることがわかる。澤村憲次、本郷吉洋、饗場貴子、竹内孝子、岡田隆彦である。これらの大人は公の立場にあるもので実名で報道されてしかるべき人物である。また今回の経緯について、それぞれ個人の意見や反省を会見で述べるべきではないか?

またこれらの大人は自己の立場を守ることに必死になったあまりに、尊い命が消えていくのを黙認し、中学生の告発を握り潰した。彼らにとって、自己の収入(大津市の教育委員の年収は1200万円である)や立場の維持が、これらを上回ったからそのような行動をとったのである。

本来、教育者は、たとえ自分の立場が危うくなったとしても、第一義にいじめの防止や原因解明に向けて毅然として向かい合う姿勢が必須だと思うが、今回の事件では上記の人物たちは皆、自己の立場や年収の保全のために立ち振る舞った。教育者に献身的態度を求めることが難しくなった今、今後どのようにしてこのような事件の続発を防ぐことが可能か。

それは極めて単純明快である。彼らは損得で判断して、いじめに介入するか、いじめを無かったことにするかを決めるわけであるから、担当するクラスでいじめが発覚した教師には徹底的な厳罰を与えれば良い。例えば教員免許の剥奪である。そうなれば、介入する労力よりも、未然で防ぐ方向へ必死で努力するであろう。教育委員会についても同様である。大阪市の教育条例のように、教員資格に関する法整備が必要である。

また、今回のケースでは、上記の学校関係者、教育委員会委員は、社会的制裁を徹底的に受けるべきであろう。その悲惨な末路を聞くにつけて、他の市の教育関係者、教育委員会の委員は襟を正すだろう。

これ以上、尊い命が学校現場で失われるケースが出ないことを祈る。

この状況下で、自公から出された不信任案に対し、小沢を中心とする議員が管降ろしのチャンスとばかりに、賛同者集めに奔走し、不信任案可決の可能性をチラつかせた。
可決されれば解散総選挙になるが、今被災地で国政選挙などできるわけがなかろう。どこにそんな余裕や財源があるのだろうか。
今回の不信任案を提出、あるいは賛同した議員は、全くバカどもの集団で、国民は、一度、国会議員を全員クビにする運動を具体的に考える必要を感じる。最近はよほど地方の首長のほうが政治家として成熟している。

管直人は、原発の事態収束・復興の目途が立てば辞任すると民主党議員の前で明言させられた。
政界引退を宣言したはずなのに撤回した鳩山は、相変わらず小沢に首相にしてもらった恩返しに奔走し、早期に小沢に首相につかせるようチョロチョロしている。鳩山の希望として、第二次補正予算決着の6月末までに辞任してほしいらしい。

今後の展開について考える。状況は非常に悪い。

1点目。まず、原発の事態・復興の目途は簡単には立たない。
管直人が、この状況の後始末をする、という発想の問題ではない。
原発・復興どちらの問題も、「未来に向かって開かれた問題」であり、決して「やり残した」類の仕事ではない。
アルバイトの社員が、契約切れて次の人に引き継ぐまでに、残った事務仕事を片付けるのとは訳が違う。
内閣を任された人間は、「何としてもこの問題を解決する」という気概が必要である。エネルギー問題、復興の具体案などどれも未来的展望が必要な案件で、もうすぐ辞めないといけない、とプレッシャーを感じさせられた状況でこなせる仕事ではない。

管・枝野 両氏は対応のまずい点があったかもしれないが、それでも精一杯やっているのではないか?
それは、この状況下で内閣を任されているから何とかしなければならない、という責任感からであろう。
今回の自公の不信任案、死んだはずの鳩山、権力しか目がない小沢の動きにより、管は辞任を表明させられたが、辞任しなければならないと分かった状態で、これまでと同じような責任感で仕事に当たれるだろうか?
大事なのは、リーダーを盛り立てて、サポートし、この難局を切り抜けることではなかろうか。
むしろ管に手柄を立てさせまい、と政治家どもは邪魔ばかりしている印象を受けた。
今回の不信任案に賛同した政治家にとって、何が一番大事なのだろうか。

2点目。谷垣はさっさと廃業すべきである。
否決される、あるいは解散総選挙の可能性もある(こんな時期に解散総選挙などできようか!)という展開も読めずに、この復興に重要な時期に国会において、不信任決議に大いなる労力と時間を割いたバカな政治家は即座に責任を取って辞するべきである。
谷垣は、管の対応のまずい点のみをあげつらい、自分ならどうするかというビジョンを何一つ示せなかった。
このような無為の政治家は、バッチを外して、復興のボランティアに行ったほうが、100000倍日本のためになる。
また、国民や被災地の現状を考えずに、挙党一致で不信任を出した自民党・公明党は、今回の件で国民の気持ちは離れ、今後は加速度的に弱体化するであろう。

3点目。小沢も、さっさと身を引くべきである。
以前のブログに書いたように、私はどちらかといえば小沢という人物に期待していた時期がある。
しかし、今回の不信任案の一件で、明白になった事実は、本人の権力の焦りが強いということだった。
このような感覚を持った人間は、首相になるべきではない。

今後どのような人物が首相として最適なのだろうか。今その器の政治家が思いつかない、この状況こそが深刻な危機に感じる。






焼肉屋の出した生肉で、死者、重症者を含む多くの犠牲者が出ている。
今回の事件はGW中に起こったため、現時点ではまだまだ情報が断片的である。
いくつかこの食中毒事件に関して思うところがあったので、以下に記しておく。

1)お笑い芸人のテレビ番組によるプロモーション

事件の数日前に、お笑い芸人の番組でこの店が取り上げられた。
「安いうえに接客サービスが良い」という評判である。
一般視聴者からの投稿、としてこの焼肉屋を褒めちぎる投稿がなされているわけであるが、これはヤラセではないのか?
いくらこの焼肉店が気に入ったとしていても、一介の消費者が、チェーン展開している店をわざわざテレビ番組に取り上げてもらうように手紙を出すだろうか。
また、全国放送のプロデューサーが、「安くて接客の良い店」程度の、ネタとしては「弱い」物件を取り上げるだろうか?この程度の店など、世の中探したら星の数ほどあるだろう。
資本主義社会のテレビ放送において、業者の宣伝を兼ねた番組作りをすべて否定しても仕方がないが、「一般視聴者の投稿」という体で、特定の店を宣伝する番組を制作するのは、完全に捏造にあたるだろう。
この場にいたフットボールアワーも、「ヤラセじゃないですか」と突っ込むのが正解の局面である。それどころか、店のフォローやヨイショをする始末である。
番組作りに捏造がなかったか、本当にこの「一般視聴者」は実在するのか、検証が待たれる。

2)なぜ今回はこのような大きな事件になったのか?

この2年近く、細菌検査を全く行っていなかったというこの豪快な焼肉店であるが、なぜ今回はこのように大きな事件になってしまったのだろうか。
一つには、食中毒はこれまでにも多数発生していたが、店側が揉み消していた可能性がある。この可能性の有無については今後、店への捜査によって明らかになるだろう。ただし、今回のように死者が出る騒ぎともなれば、揉み消すことは難しいだろうから、むしろ次の可能性の方が高いように思われる。

もう一つの可能性とは、この数日で、ユッケの調理法やユッケに用いる精肉のランクや流通経路を変えた可能性がある。もし仮に、全国放送で取り上げられたのを機に、客が急増し(あるいは急増することを見込み)、対応しきれなくなった店側が、これまでのやり方を変えてしまった可能性がある。この点も、もしそのようなことがあれば従業員の証言により明らかになるだろう。

3)外食チェーン産業は要は「儲け」追求

この焼肉屋の社長は、事件前のインタビューや記事をネットで読むと、たいそう綺麗ごとが並べられている。
実態は、少しでも原価率を抑えられるように、粗悪で、致死性のある有毒な食べ物を提供している。
やってることは、中国と同じである。
テレビで、社長の記者会見を見たが、どう見ても、金に目のくらんだ悪徳な雰囲気の漂う男だった。
やけにギラついた目が気持ち悪い。
とても高邁な会社理念など感じさせない、いかにもディスコの黒服上がりという感じの薄っぺらい男だ。

昔から料理は愛情、という。
食べる人の健康を気遣い、安全で栄養価の高く美味しいものを出そうとする尽力する行為が料理である。
世の中には、この点を理解した料理人による良心的な店がたくさんある。ただしこのような料理人は、あまり大きく手を広げられないことを知っている。店を大きくすると、自分の眼の届く限界を超えてしまうからである。

外食チェーンなどチェーン展開している店は、この料理の基本を忘れた店が多い。
要は金、利益追求のために、客の安全よりも、少しでも安く上げることしか考えていないことが良くわかる事件である。
外食チェーンは料理を提供するのではなく、エサを提供しているという感覚なのだ。