お弁当のおばあちゃん | コンサートホールのお話など

コンサートホールのお話など

レセプショニストとして働いているコンサートホールでのお話や、クラシック音楽やとりとめのないことなどを綴っています。

レセプショニストの仕事をしていると、時折、思い出すお客様がいらっしゃいます。


今回お話したいのは、東北新幹線に乗って、ソワレ公演にいらしてくださったおばあちゃまです。地震の被害にはあわれていないだろうかと、少し心配になったりもします。


その時勤めていたホールでは、クロークの前の柱に椅子が置いてありました。休憩中、かなりご高齢の女性が、その椅子に腰掛けて、お弁当を広げていらっしゃいました。


幕の内弁当のようなものではありません。ご自身でお作りになったお弁当です。微笑ましいような温かいぬくもりを感じられる椅子になりました。


「ごめんなさいね。田舎から来たから、お店もよくわからないし、一人で入れないし、お弁当を持ってきたの・・・。」と、少し気後れしていらっしゃる感じで、わずかに会話を交わしました。その素朴で温かい感じそのままに、新聞紙でくるんだお弁当で、どこか懐かしいような気にさえなりました。


はっきりとは覚えていませんが、たぶん、「遠くからいらしてくださったんですね。」とか、「大丈夫ですよ。」というようなことをお話していました。


ところが、後半開演5分前を知らせるベルがなって、レセプショニスト達がロビーのお客様に「まもなく開演でございます。」とお声をかけて回り、辺りが静かになっても、おばあちゃまはの~んびり、というご様子で、まだお弁当を召し上がっています。


そっと、もうすぐ開演しますよ。途中で中に入られないですよ、などとご説明し、やきもきしながら笑顔で見守っていました。


そして、もう限界!!という時に、大変尊敬する大ベテランの先輩と相談して、「あのぉ、もしよろしかったら、このままお預かりしますよ。」ということになりました。本来、このような類のものはお預かりしにくいものですが、クロークとは奥の深いところで、人情味あふれることも多々あるのです。


恐縮し、戸惑うおばちゃまも、私たちの笑顔に安心してくださったのか、ほっとして後半を聴きに客席に戻っていかれました。それも、あまりにもギリギリの所を、別のレセプショ二ストがきちんと付き添って行きました。


手作りのお弁当は、バーカウンターのように、食べかけたものを食器ごと返すわけにもいかないし、休憩の時間も食事をするには思ったよりもきっと短かったのでしょう。


終演したらちゃんとお渡しできるよう、丁重にお預かりし、別に特別預かりとして保管し、他のお荷物にも汚れたり匂いが移ったりしないよう、また、お弁当が台無しにならないよう、工夫しました。


そして、先輩が、さすが!ということを思いつかれました。クローク近くにあるホールのショップの人に頼んで、本来はお買い物をした方の商品を入れる、ホール名入りのビニール袋を分けていただいたのです。これで、きちんときれいにお預かりでき、また帰りの新幹線にも持って行って頂けます。


帰りにお引取りにいらしたおばあちゃまは、美しくきちんと預かられたお弁当をみると、お顔がほころんで、大変喜んでくださいました。イレギュラーな接客はしょっちゅうあるのですが、おばあちゃまのぬくもりを大切にできたような気がして、こちらまでとても嬉しくなった出来事でした。