慇懃無礼 | コンサートホールのお話など

コンサートホールのお話など

レセプショニストとして働いているコンサートホールでのお話や、クラシック音楽やとりとめのないことなどを綴っています。

あるスーパーで買い物をしたときに、レジの女性の手の組み方、お辞儀の仕方、言葉遣いなどの全てが、可笑しくて笑いを堪えるのがやっとでした。


至って本人は大真面目だし、馬鹿がつくほど丁寧だし、笑顔もよいのです。じゃあ、非の打ちどころはないじゃないかというところですが、その場にいた中学生の息子でさえ、どん引きしています。


私はレジで支払いをするときに、必ず「ありがとう。」「ご馳走さま。」などと一言お伝えする習慣があるのですが、この時ばかりは言葉が出ずに固まってしまいました。


書かなくてもわかって頂けると思いますが、レジの店員はきっと、精一杯完璧な接客、恐らくはマニュアルや研修などの通りにできる模範的なものを提供してくださったのだと思いますが、要するに、それがふさわしいかどうか、という問題なのですね。


むしろ、「いいから早くしてよ。」という感じのイライラが募るばかりですし、折角の完璧な接客態度も何故か生きておらず、きっとレジの前だけで普段から心得ているというわけではないのだと思いました。もし、同じレジ前で同じことをしても、とっても心地よく感じる店員もいるかもしれません。それは、取ってつけたのではなくて、生き生きと自分の仕事を心を込めてやっている店員ならば、そこまで不快に思わず、むしろ「ありがとう。」と返すことと思いました。


お辞儀というのも、色々種類があると、社会人なら誰でも知っていると思いますが、私たちレセプショニストも、お辞儀の種類を場面場面で使い分けています。お辞儀の角度や、言葉を出すタイミングや、手の位置など、コンサートホールのこの場面では一番ふさわしいということを考えて使います。


華やかなサービスの職業でイメージできる、胸の高さ近くで揃えた両手のお辞儀などは、私がかつて研修を受けたときは、お客さまに対して「慇懃無礼なお辞儀」として、ご法度として教えられました。もちろんそれはクラシックの演奏会では必要ない、似合わない、という、しかもそこのコンサートホールの考え方なので、それそのものがどうということではありません。でも、私には、八ッとする考え方でした。


最もそこにふさわしく、ランクアップ、イメージアップするのにぴったりなものは何か、オリジナルの考え方と、基本や業界を知る勉強、温故知新、いろんな角度で善いサービスを生み出していけるといいですね。


そして・・・そのポリシーは個人にも通じ、年齢や男女に関係なく、素敵な輝ける人になるのに必要な要素でもあると思います。