※別ブログに載せていたお話です。



週に一度、僕はチョン家のお屋敷に呼ばれる。


「シム チャンミンどの、ユノ様がお待ちです。」


物腰は柔らかいけれど、眼は決して笑っていない執事が玄関で僕を出迎えた。


「申し訳ありません。道が混んでいて。」


執事はチラリと僕を一瞥して、先に歩きだした。





僕はフリーのメイクアップアーティストだ。


顧客はモデルや女優に留まらず、大金持ちの奥様やお嬢様もいる。


ギャラはかなり高いからそうそう繰り返しのオファーはないけれど、その中で毎週声がかかる数少ない上客がチョン家の御曹子であるユノ様だった。




「遅れて申し訳ありません。」



「構わないよ。」



既に身に付けていたシャンパンゴールドのドレスシャツはリボンタイだけまだ結ばれていない。


「今夜はね、パーティーだからドレスじゃないよ。」


ユノ様はベルベットのジャケットを身体にあてがって僕を見た。


「お似合いです。」


「ありがとう。」


フッと笑ってジャケットを戻すと、ユノ様はドレッサーの前に座った。



「今夜は母さんの隣でニコニコしていればいいんだ。」


「パーティーの主役はお母様ですか?」


「うん。今エステサロンに行ってるよ。」




ケープをかけるとユノ様はわずかに背筋を伸ばした。





ユノ様は女装の趣味がある。


初めてオファーがあったときの衣装はドレスだった。


何処かへ出掛けるわけではなく、着飾って部屋の中で過ごすだけらしい。


切れ長の目は黒目がちで、ふっくらとした唇はとても美しくて、メイクのしがいがある。


仕上がった途端に身のこなしや雰囲気まで豹変するところを見るのが快感でもある。


だから、僕はドレスのときのユノ様にメイクするのが楽しみだった。


この人のセクシャリティはイマイチ掴みきれていないが。




「くふっ」




不意にユノ様が笑った。


「チャンミン、今日は女のメイクじゃないからつまらないって顔してる。」




「そんなことありません。」



「今、新作を作ってもらってるんだ。だから、次回はドレスだよ。」


「そうですか。」






今日は大袈裟にならないメイクがいい。


シャンパンゴールドの艶やかなリボンタイとベルベットのスーツはそれだけで十分華やかだから。


肌の色味を整えて、それぞれのパーツに少しだけ色を加える。



ケープを外してリボンタイを結ぶと、さっきまでとは雰囲気が違うユノ様がいた。





「いいね。」



ジャケットを羽織ると表情まで違ってくる。



もし、この人がショービジネスの世界にいたら、きっと蟻が砂糖に群がるように様々な人が寄ってくるだろう。



そうでなかったことに、僕は密かに安堵する。



Fin



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