つづき☆
向かったのは、『平和祈念公園』
実は、3回目の沖縄旅行にして、この場所に来るのは初めて。
初めて沖縄旅行したときは、ちょうど沖縄 慰霊の日で、この公園は式典をしていました。
今回も、慰霊の日からそんなに時間がたっていなかったからか、平和の礎の前にはたくさんのお花が供えてありました。
平和の火
近くにいって気づいたのですが、
地図になっていました。
世界のなかの日本。
そして沖縄。
平和の火は、ちょうど沖縄の場所に立っているようですね(๑ˊ⌣ˋ๑)
沖縄には、第二次世界大戦で最後の激戦地となったっていう、悲しくて辛い歴史があります…。
ここからはサイトからコピーしたものです。
『軍民合わせて約24万人余もの尊い人命を失いました。
この悲惨な戦争を二度と繰り返さぬよう世界の人種や国家、思想や宗教のすべてを超越した“世界平和のメッカ”として昭和53年10月1日、この平和祈念堂は開堂しました。
堂内に安置されている高さ12mの平和祈念像は沖縄の人々あるいは全人類の平和のシンボルであります。
平和の礎(平和の火)
1995年に除幕した「平和の礎」には、国籍や軍人、民間人を問わず、沖縄戦における全戦没者24万人余の氏名が刻まれており、戦争で肉親を失った遺族や平和学習の団体等、多くの人々が訪れます。
また、「平和の礎」内にある広場の中央には「平和の火」が灯されています。
この「平和の火」は、沖縄戦最初の米軍の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火し、1991年から灯し続けた火を1995年6月23日の「慰霊の日」にここに移し、灯したものです。』
石川県に帰って来てから知ったのですが、うえのサイトからの資料にあるように、ちょうどこの日にフェリーで経由した阿嘉島、その阿嘉島こそが、沖縄戦で米軍がはじめて上陸した場所だったそうです。
そして、平和祈念公園のある摩文仁の丘は、沖縄戦終焉の場所…。
いままでの旅行では、沖縄の戦争の部分を全く見ないでいたとおもいます。
いまこうして、少しお勉強してみて、改めて、平和祈念公園に行ってよかったな…と思います。
世界中から戦争がなくなればいいのに。
年々増える、戦争で亡くなった方の名前がかかれた平和の礎に手を合わせる人たちを見て、苦しかったです。
戦争のない、平和な世の中でありますように…
いま、戦争が無くても、日本は放射能や原発の問題が山積みですが…。
人の命よりも、電力確保が大事?
むかし、大好きだった『ちゅらさん』で、おばぁが『命どぅ宝』って言ってた。
命がいちばん大事だよって。
命こそが、宝だよって。
日本の憲法、第9条で戦争を『永久に放棄する』と定めてます。
原発も『永久に放棄』してほしい…。
本当に手遅れになる前に。
大好きな日本に住めなくなる前に。
話が沖縄からそれましたが、平和って、戦争だけの問題じゃないと思うから。
みなさんも、ぜひ、沖縄に行ったら『平和祈念公園』に足を運んで見てください(^ ^)
時間が遅くて、資料館がしまっていたのが残念です。
つづく☆
iPhoneからの投稿





