最近「数学」にハマってしまっている(かも)。
でも、おれに数学の(美的)センスが無いのは明瞭だ。
たとえシンプルに整った数式であろうと、
それを見てとくに「美しい」とは感じないからだ。
(逆に、こんがらがった数式を
「美しくない」と感じることはできるかもしれない)
それでも、数式の美しさに魅了され、
または数学的な「謎」の解明に取り憑かれ、
そうして「証明」にのめりこんでいく世界中の天才たちに
感情移入をすることに、最近ハマってしまったかもしれない。
そんなおれの眼の前に、
現れたのが、まさにその名のとおり、
『ポアンカレ予想』だ。
(ジョージ・G・スピーロ著)
たまたま出張先で、ふらりと立ち寄った本屋の棚に、
まるで「読んで」といわんばかりに置かれていたのが、
本書である。
本に呼ばれたのかもしれない。
前々回取り上げた
『100年の難問はなぜ解けたのか 』が、
「予想」を証明したクリゴリ・ペレリマンの人物像と、
「ポアンカレ予想」の内容そのものに
力点が置かれているのに対し、
本書『ポアンカレ予想』は、
もっと「数学史」的な意味合いが濃い。
アンリ・ポアンカレ(1854~1912)の
人物像と業績についても詳しく解説しているし、
別の流れで「位相幾何学(トポロジー)」の
歴史的発生経緯についても解説している。
位相幾何学がどういうものかを知らなければ、
「ポアンカレ予想」の内容についても深く踏みこめないからだ。
そして、「科学ジャーナリスト」にして「数学者」でもある、
著者のジョージ・G・スピーロの文章がまた、いい!
もちろん「訳者」のレベルも高いのだろうが、
(この著には、各分野の専門性を考慮してか、
2人の監修者のもと4人の訳者が翻訳箇所を分担している)
臨場感あふれる文章構成は原著者の力量だろう。
ポアンカレの人物像や経歴・実績を紹介する章から抜粋してみる。
並外れた数学的才能のある生徒たちが、
フランス全土から集まってくる工科大学。
その前段階として二年間の「準備学級」があるのだが、
そこでポアンカレは他の生徒(ひとりの例外もなく優秀)たちと、
才能の違いを見せつける。
一年生のときには全国のコンクールで一位も取って、
有名人となる。
ほとんどノートもとらずに授業(今日の大学の専門課程レベルらしい)
に臨むポアンカレを見て、
ある生徒は彼が本当に優秀なのかどうか試そうとした。
(その生徒は二年に進級してから一緒のクラスになったんだろうね)
あるとても難しい内容の講義のあと、またもノートをほとんど取らなかったポアンカレのところへ、ある生徒が歩み寄り、とくにわかりにくかった部分を説明してくれと頼んだ。ポアンカレはすぐさまそれについて簡単な講義をした。怪しんでいた生徒たちは、あまりの実力差に開いた口がふさがらなかった。
その後、ポアンカレはフランス最高の工科大学、
「高等理工科学校」に首席で入学するのだが、
その口頭試問でも、ポアンカレの応答を聴きたさに、
「だれも聴きにこないのが常の講堂が人で一杯になった」そうだ。
ポアンカレは卒業後、
さらに高等鉱業学校に三年間学び、
(当時、「十八世紀と十九世紀は産業革命の全盛期で、
原料の採掘は最先端技術とされていた」ということだ。
数学史の本から、こういうことも確認できるんだね)
卒業後はエリート中のエリートとして、
鉱山技師の職業に就く。
そこでも並外れた分析力、思考力、洞察力(そして勇敢さ)を発揮して
めざましい活躍をする。
しかし・・・、
ポアンカレは優れた技師だった――その仕事ぶりは英雄的でさえあった。だが、天職はほかにあった。
一方で、トポロジーの発生についても解説されている。
当然のことながら、この発生はポアンカレの誕生より以前のことだ。
有名な「ユークリッド幾何学」では、
物体の「長さ」「角度」の測定が必要だ。
だが十八世紀に革命が起き、測る必要性から幾何学を解放した。やがてトポロジー(位相幾何学)と呼ばれるようになるこの新しい分野は、幾何学的な性質を測定に頼らずに記述する。この革命は、スイスの数学者レオンハルト・オイラーの仕事から始まった。
ここで大オイラー(1707~1783)が登場する。
「ケーニヒスベルクの橋」のパズルでも有名な
あのオイラーだ。
数学史的に見れば、ポアンカレを凌駕する存在といえる。
4つに分かれた区画にかかった7つの橋を、
同じ橋を2度通らずに渡り切れるか?
これが「ケーニヒスベルクの橋」の問題だが、
この解法(結果としてこのパズルに関しては「渡り切れない」ことを証明した)が、
数学の新たな2つの分野、
「グラフ理論」と、そして「位相幾何学」の確立をもたらしたのだ。
この種の問題を解くときに、
それまでの幾何学的な長さと角度は度外視される。
ここから「形」と「空間」に関する数学(位相幾何学)の
深化の歴史が進んでいき、
(有名な「メビウスの帯(環)」とか、
「クラインの壷」もこの系譜に属する)
そして・・・、
そして、1912年、
のちに「ポアンカレ予想」と称される問題を世に問うた、
「幾何学の一定理について」という論文が、
《パレルモ数学協会報》に発表された。
この「予想」の証明に至までの経緯は、
(史実であるから当然として)
『100年の難問はなぜ解けたのか 』
と共通する。
しかし、本書のほうは、
難問に挑戦した多くの数学者たちの人物像にも
より詳しく触れているし、
そればかりか、
各々の数学者たちが直面した
「難題」についても極力「数式」を使わずに
その概念を解説している。
残念ながら、数学的素養のないおれには、
どれもこれもちんぷんかんぷんだ。
おれからすると、
天才数学者たちが「なに」と闘っているのかはよく解らない。
部分的に解決(証明)されたと言われても、
それが証明になったのかどうかさえ、理解できない。
でも、なんというか・・・、
おれがこの「注釈」ばかりの分厚い本を
最後まで投げ出さず、
それどころか、
「おもしろくてたまらない」
と興奮しながら読み切ることができたのは、
数学者たちが「なに」と闘っているのか、
それはどのくらいの「強敵」なのかは見えないのだが、
どれだけの「高処」で闘っているのかが、
著者と訳者の文章力に助けられて、
なんとなく解る気がしたからかもしれない。
紹介される個々の概念にしても、
できるだけ、そのイメージ(あるいは数学史的な意義)を
理解しようとしながら読み進めたので、
1時間で1~2ページしか進まなかったこともあり、
400ページほどの本文を読み切るまでに
半月以上かかってしまった。
『100年の難問はなぜ解けたのか 』と
本書『ポアンカレ予想』との大きな違いは、
(どちらがいいということではなく)
後者は、最終証明者のグリゴリ・ペレリマンを、
ことさら特別な位置に祭り上げていないことだ。
(といっても、賞賛していないというわけではない。
むしろ絶賛している。ちなみに、本書日本語表記は「グリゴーリー・ペレルマン」)
それぞれ執筆の目的が違うので当然なのだが、
本書の基本的な姿勢としては、
100年の間、多くの数学者たち(ポアンカレ本人も!)が挑みつづけた、
その蓄積の上にペレルマンの証明があると考えている。
ハミルトンによるリッチ・フローの導入が証明の鍵を握っていたのは明らかなのだ。これなしではペレルマンには何の拠り所もなかったに違いない。
そもそも、ポアンカレ予想の証明になんらかの役割を果たしたすべての数学者について、それぞれの貢献度を数値化できるだろうか? (中略)お膳立てとなる仕事の大部分をハミルトンがこなし、ひとつ残された最も困難な山をペレルマンが上り詰めた。
ペレルマンがフィールズ賞の受賞を辞退したのには、
彼自身に、そういう意識があったからなのかな~。
本書は最後の最後に、
こういった「ミレニアム問題」と、その証明と、
その発表と、その報償についての問題にも言及している。
さすが、ジャーナリストにして数学者だ。
おもしろく、意表を衝く表現が使われているので、
少々長くなるが、最後に抜粋。
証明が報償を得るためには、
論文が世界的な学術誌に発表されなければならない
という制約があったことについて。
(前略)ポアンカレ予想は一○○歳だった。四色問題が証明されたのは二○○歳のときだし、フェルマー予想は三○○歳、ケプラー予想は四○○歳の時に証明された。(中略)これから眠りについて四千年紀の最初の年に目を覚ましたとしたら、同僚にどんなことを尋ねるか? (中略)「リーマン予想はもう証明されたかい?」。このようにミレニアム問題のいくつかは、証明や反証に二二世紀や二三世紀あるいは三一世紀までかかるかもしれない。そのころには、今のような科学系定期刊行物がなくなっていないとも限らない。
諮問委員会もそうした可能性を考えて、
後日、発表手段の枠をひろげたそうである。
(著者の指摘によって、ではないようだが)
・・・・・・・。
通勤時に限らず、
大勢の人間が行き来する場所で気になるのは、
「いかなる状況でも、自分にとって最短距離となるライン」
しか進もうとしないひとたちだ。
本当に迷惑。
どう考えても、互いにちょっとずつ譲り合いながら、
やや「曲線」を描いて進んだほうがスムーズだという局面でも、
自分だけ、頑固に、最短距離を突き進もうとする。
例を挙げる必要がないほど、
いっぱいいるし、いっぱいある。
「迂回」とか「譲り合い」という概念が、
頭のなかに無いんだな、たぶん。
見通の悪いコーナーを、
角から少し離れて廻りこむこともせず、
ぎりぎり最短距離でコーナーを攻めたら、
コーナーの陰から現れた対向「者」とぶつかるリスクが高い、
・・・という「危機感」すら失ってしまっているのだろう。
ちゃんと〈ここは左側通行です〉と表示があっても、
最短距離で曲がろうとして角ぎりぎりのラインを取り、
アウト・イン・アウトで極端な右側通行をすれば、
そりゃ、相手とぶつかる確率、高いだろう。
嘆かわしいことに、必ず一定数いるんだよね、そういうやつ。
で、ほとんどの場合、
鉢合わせの眼に遭っても、
自分のほうがよけるのではなく、
「ちゃんと」歩いている人をどかせちゃうんだ。
ここのところ、
空間と物体の長さと角度を変形させる話ばかり読んでいたので、
最短距離の「直線」だけしか「視野」に無いようなひとを見かけると、
なおさら「不自由だな~」と感じてしまう。
最短距離を進んでいる本人は、
「効率よく」生きているつもりなのかもしれないけど、
悪いが、頭の構造がユークリッド幾何学以前だな。