私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
50 鉄砲玉はフェンリルの差し金
今回は【私立異世界博物館年会費未払い】を理由に神界へ殴りこみを仕掛けるけど、いつでも揉め事を起こしているのは上級神達だ。
神界の平和的活動にブレーキを掛けているのも、上級神とその取り巻き連中。
善良な神活動を続けて来ている低級神にとって、私達の突撃ははなはだ迷惑だ。
加えて、上級神は古参で力があるだけに、支持する低級神も多い。
上級神の数だけ国があるとなると尚の事、敵味方の区別がつけにくい状況になっている。
水面下で問題の神々を孤立させ、私達の攻撃に対して反撃できないように力を奪うには、神界の現状に詳しい朱雀の協力が必須だった。
揉め事を起こしている神々は別として、他の神々との間に憎しみの種を蒔くような行為は極力回避したい。
これ等の事柄を踏まえたエポナさんが説得工作に出た。
今回の集金で、神界に貯えられた金は総て没収とする。
協力した神には、後から褒賞金を出す。
これで話がまとめられた。
私は、人間界を監視している白虎に会いに行く事になった。
異世界司書が【内政不干渉の原則】を破ったりはしないと説明する為だ。
人間界は、種々雑多な国々によって構成されている。
ここの人間界では、界を二分した長期に渡る対立が続いていた。
弱り切っているし、無秩序な人間界からの援護は期待できないと指摘された。
端から期待していなかったから、それはどうでも良い事だった。
元々、白虎は神界の横暴を不本意とする立場だった。
しかし、内政不干渉の原則により、途方もない間、まるっきり手出しできないで苛立っていた。
私達のやりたい事と利害が一致している。
今回の介入は、あくまでも【未払い会費回収の為】とする。
話し合いは早い段階で合意に達した。
これらの確認事項を持って、フェンリルとルシファーとベルゼビュートが魔界へ挨拶に行った。
他界の管理者達から了解はとってあるので、今回の一件に関して魔界を攻撃してくる者はないと説明する。
全面的な協力を得る為だ。
どうしてフェンリルが同行したのか、実に不可解な行動だが、理由は未だに解明されていない。
魔界には国家そのものがなくて、魔王が事実上の支配者であり国と規定されている。
神界と違って思想や政治は二の次三の次、国と言うよりは力こそ総ての界だから実現している。
強大な武装集団とした方がよさそうな国だ。
今は、かつてベルゼビュートの配下であった蠅騎士団のアスタロトが魔王になっている。
魔界の管理者である玄武も交えての話し合いになった。
魔界では魔王が関わった天界戦争からの遺恨もあって、総力戦の体制で準備している。
実際の話し合いは十分もしないで終わった。
あとは天界戦争の時の昔話を肴に、ひたすら酒を飲んでいたとの報告を受けた。
総ての根回しが終わって、全員がルシファーの簡易城に集合した。
この城は簡易とはいえ元魔王が住むだけあって、私のクローゼット部屋を模して作った一角意外は全部黒ずくめ。
城壁や城内を飾る彫刻も、実におどろおどろしい物になっている。
デス系からすればとても良い趣味だろうけど、私的にはもう少し落ち着いた雰囲気の方が良い。
こう言ったのがルシファーに伝わって、後日、私のクローゼット用に、共同墓地コンセプトのインテリアデザインを薦められた。
今回は、ベルゼビュートの心臓を回収するのが本来の任務だった。
しかし、既にベルゼビュートは私達と一緒にいる。
これは完了したも同然。
で、良いのか?
後から判明した、神界の未払い会費回収が残る仕事になっている。
でも、これは内政不干渉の原則を持ち出された時の免罪符だ。
実のところ、人間の世界を無視して我欲に走っている上級神と、それらを指示する神達を懲らしめてやるのが目的だ。
神に対する戒めは、ベルゼビュートやルシファーの千年に及ぶ切望でもある。
神界の監視者である朱雀と、三界からの協力体制が整った今、野蛮で残酷な古参の上級神を、神界から追放するのは何時でもできるようになった。
問題は、天界でのいざこざにかまけ、放置されたまま続いている人間界での戦争だ。
人間界を二分するまでに拡大してしまった戦争は、善良な人々のの平和で豊な生活を、二度と立ち上がれないまでに破壊している。
この戦争を一日でも早く終わらせなければならないのは言うまでもないが、内政不干渉の原則が最大の足枷となって手出しできない。
どうしたものか悩ましい所だが、ここに助け船を出してくれたのが、監視役として人間界に派遣されている白虎だった。
「私が戦闘の最中に散歩と称して入って行って、ちょっとした怪我をして来ましょう。そうなったら、人間界による私立異世界博物館への攻撃という口実が出来ます」
いわゆる、ヤクザ社会で言うところの鉄砲玉役を買って出てくれた。
これから幾時間もしないで、白虎が血だらけのボロボロになって私達の前に現れた。
片方の目玉が飛び出している。
手足はとんでもない方に向いているし、首根っこから鮮血が噴水のように吹き出ている。
これが白虎の言うところの、ちょっとした怪我なのか。
痛くないのかよ。
普通の人間だったら即死としか診断できない見掛けなのに、本人は「いたって元気です」受け答はしっかりしている。
誰かの加護があって、間違って死んじゃったりするような事態にはならないのだろう。
けど、やる事が随分とえげつない。
誰からそんな危険で陰険な喧嘩の売り方を教わった。
参考までに記録しておくけど、後にフェンリルが戦勝祝いの宴席で「つい最近、人間界の図書館で人間界に巣食う魔獣について調べておったらな、この白虎が我に戦術というのを色々と聞いてきてな、事細かに伝授してやったのだが、こいつはなかなか見どころのある猛者であるぞ」だそうな。
なにはともあれ、この世界に来て一番始めにすべきは、不適合な神々の弱体化だった。
人々に対して、今の神は助けを求めても救いの手など差し伸べてはくれないと知らしめ、今の上級神に対する誤った信心を覆すのが最優先だ。
この事を大前提に、私達は今日まで人間界の各地を旅して、実りの恵や魔獣討伐といった奇跡を起こしてきた。
その結果が、もうすぐ出ようとしている。
ルシファーの簡易悪魔城で出陣前の晩を過ごしている。
人間界では、非力で善良な人達が苦しんでいるというのに、世界中で同時戦争を繰り広げている。
そして私は、何時ものようにゲテの肴とゲテの酒が並ぶ中、皆の会話を聞きながら蟹と黒毛牛を食べて生ビールを飲んでいる。
私ってば、こんな事をしていていいのかしら。
とっても罪悪感。
私の気持ちと裏腹、夕餉の食卓は満遍なく宴会場に成り果てている。
悪魔には、不道徳という概念がないのだろうか。
道徳心がないから悪魔なのか、平然と飲み食いしている。
冗談みたいな顔したルシファーが、ロック鳥の串焼きを銜えたままベルゼビュートに聞く。
「ベルゼ、君はまだ神託が出来たよね」
「はい。一度地獄に落とされたんですけどね、まだ神託の力は衰えていないっす」
地獄の支配者が神託とはふざけた話だが、二人して真面目な顔になったからには冗談話ではなさそうだ。
「明日は戦場に行くが、その前に悪魔ベルゼビュートの名でもいいから、戦争をやめるよう兵士に神託をもたらしてくれないかな」
「それってなんか、やばくないっすか」