私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。

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【小説家になろう】にて連載中】

 

 

 44 子麒麟とイルヤンカ

 

「麒麟? ですわね」

 エポナさん、理解不能といった顔つき。

 しゃがんで麒麟らしき生物を覗き込む。

「麒麟ですか? そんな筈は‥‥‥」

 ルシファーが馬車から降りた途端、その場でフリーズした。

「可愛いのー。あたしの馬にしていい」

 ティンクが嬉しそうだ。

「それ、麒麟だってよ」

 私がティンクに教えてあげる。

 慌てて背中から降り、何度も麒麟にお辞儀するティンク。

「皆さん、どうしたんですか」

 今度は私が不思議マークになってしまった。

 異常事態なのは分かるけど、馬車を止めてゆっくりかまってやる余裕がない。

 麒麟を馬車に乗せて先を急いだ。

 

「どう見ても麒麟ですわよね」

「そうですよねー」

 エポナさんとルシファーは、まだ納得できない様子だ。

「なんでもいいじゃん。可愛いし、あたし仲良しになったし」

 ティンクがまたもや馬乗りになっている。

「麒麟じゃいけないんですか。麒麟のことをよく知らなくて」

 移動中の揺れる車中で聞いてみる。  

「はい、麒麟であってはならないのです」

 何をか言わんやである。

「そうです。麒麟は全宇宙に五体と決まっていますから」

 それは貴方達が勝手に決めた事でしょうと言ってやりたいが、理屈が分かっていないので黙っているしかない。

 

 ひょっとしてもしなくても、全宇宙に五体と言っているのは、黄麒麟さん達の事だ。

「黄麒麟さん達の事ですよね。あの人達って本当に五人きりしかいないんですか。異世界博物館に五体という意味じゃないんですか」

「はい、全宇宙に五人でございます。反宇宙にも五体の麒麟が存在しているとの仮説はありますけど、この子が麒麟となると、総ての仮説がひっくり返ってしまいますわ」

 前にエポナさんが話してくれた宇宙の仮説が、この子の発見で全部間違った理論ってことになる。

 それでも宇宙は存在している‥‥‥のだから、いいんじゃないの。

「とんでもない発見ですわ」

 いつでも冷静なエポナさんの慌てようが尋常ではない。

「内緒にしておけば大丈夫だよ」

 ティンクは相変わらずだ。

 おつむ快晴。

「麒麟て、何食べるんだろう」

「何でも食べますわ。雑食ですの」

 黄麒麟さん達の世話をしてきた経験から、素早く出て来る答えには信憑性がある。

 

「これ食べるー」

 早速、ティンクがクックバットの丸焼きを引っ張り出してきた。

 よほどお腹が減っていたと見える。

 待ても良しもなしにかぶりつきはじめた。

 

 ちょっと試しに鑑定

【鑑定

【麒麟族  麒麟 

【名前   なし

【年齢   第一年齢 百億歳

      第二年齢 二十五億歳

      産まれたばかり 

 

「エポナさーん。この子、変ですよ。鑑定眼がおかしくなっちゃったかもです」

「いかがなさいました」

「今、この子を鑑定したんですけど、第一年齢百億歳・第二年齢二十五億歳・産まれたばかり、だって」

「そのことでしたら、鑑定は間違っていませんよ。安心してください。地球では宇宙の年齢を百三十八億年としていますけど、これは観測できる範囲での年齢ですの。私達がたてた仮説によりますと、メビウスの輪宇宙では観測年から反転して観測地点まで戻りますので年齢は倍になります」

 

 お話し中ですが、初っ端から桁違いで思考回路が空回りでーす。

 ひょっとして、宇宙の誕生からの話になってませんかー。

 その仮説って、この子の発見で無効になってませんかー。

 

「これが反転観測年で二百七十六億年です。これに未観測年、無の状態から光の速度が減速して粒子ができるまで、つまり暗黒エネルギーになるためにかかる年数を加算します。これは反転観測の倍となっていまして、五百三十二億年。同じく位置だけの状態から物質が質量を持つまで、暗黒物質になる年数も五百三十二億年とします。無から光ができてから物質の変異が始まっていますから、両方の変化は同時ではありません。したがって宇宙の実年齢は1064億年となりますの」

 

 これって、さっきの私の質問に関係ある話なのかなー。

 それに、観測年数の倍とか、両方の変化は同時ではないとかって、何か根拠がある話なのかなー。

 

「無の状態から速度を減速させ光にし、位置を変異させ質量を持たせて物質としてから、宇宙を作り出した黄麒麟様の核発生までには、無変異の位置と速度が融合してから100億年かかっております。そして、核から実態誕生までに25億年かかっていますの。黄麒麟様の例を参考にすれば、百二十五億歳はベビーですわ」

 

 そこが聞きたかったんですよ。

 いたって理論的な答えが返って来た‥‥らしい。

 しかし、私には百億%意味不明の言葉が、羅列しているだけにしか聞こえない。

 とりあえず害はないようだから、分かったふりだけしておこう。

「そうだったんですか、よく分かりました。納得です」

「なっちゃん凄い。今のわかったのー、ティンクはからっきし。つかみどころのない話だわー」

 ここでそう来たか、ティンクは正直者でよろしい。

「そうですわね。知ったからと言ってどうなるものでもありませんから。おとぎ話と一緒ですわね」

 

 突然馬車が停まった。

「どうしました」

 居眠りしていたルシファーが飛び起きる。

 悪い夢でも見ていたか。

「イルヤンカですわ。道を塞いでいます」

「何故このような所にイルヤンカが」

「野生化した家畜が目当てか、もしかしたら子麒麟の気配を感じ取ったのかもしれませんわ」

「イルヤンカって何者」

 何も知らない私は、指輪かティンクに聞くしかない。

「翼がなくて、地を這う大きな細長いドラゴンだよ。早い話が大蛇」

 ティンクが、羽をブンブン言わせて戦闘態勢に入った。

「神の力を上回る魔物ですわ。ここで強力な魔法は使えませんから、物理攻撃だけで倒しますわよ。毒を吐きますから、お気をつけてください」

 エポナさんが包丁を持って料理する気満々だ。

「なっちゃんまで参加しなくとも、我等だけで事足ります」

 ルシファーが珍しく刀を持って猛り立っている。

 しずちゃんにもらった刀を、実戦で使いたくてうずうずしている。

 ルシファーの言葉に甘えて、私は皆さんが戦う様子を馬車の中からこそっと覗き見する事にした。

 

 ティンクが先陣を切ってイルヤンカの頭に突っ込む。

「毒袋は傷付けないようにしてくださいね」

 エポナさんからの注意事項を厳守し、ルシファーはイルヤンカの胴体を真ん中で二つに叩き切った。

 切られたものの、生命力は予想を遥に上回っている。

 下半身は逃げる、上半身は毒を吐き攻撃してくる。

 逃げた下半身を、ルシファーが素早く開きの串刺しにして身動きできなくした。

 それでもウゴウゴしている。

 不気味さ最強!

 鎌首を持ち上げて毒を吐くイルヤンカの頭に、再びティンクが突っ込むと、少し間をおいて反対側から飛び出してきた。

 頭の中で何が起きていたのかは、想像したくない。

 イルヤンカは倒れたものの、まだくねくねしている。

 蛇だなー。気持ち悪ー。 

 

 こうなってから、ようやくエポナさん登場。

 真打は後から出て来るのね。

「革は綺麗に剥がして、馬車の補習に使えますわ。毒はお薬になりますの。目玉には魔術を反射して相手を石にする力があります。心臓は炭火焼がよろしいでしょうか。舌はタン塩やシチューにするとよろしゅうございますのよ。肝臓は生でも焼いても、ニラレバ炒めにも。内臓はモツ煮にしましょうか。骨は飾り物の材料にしましょう、その時はティンクに御願いね。お肉は何にしても美味しくいただけますわよ」