私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
43 ゴーストタウンの骸骨村長
エポナさん、生ビールの飲みっぷりが水中ポンプ。
メガジョッキで三杯目なのに、余裕しゃくしゃくなんだものなー。
けっこうといける口。
ピッチャー持ち出してきたよ。
付き合いもとっても良いし。
これも仕事のうちなんだろうか。
今はオフなのかな。
はっきりしない就労形態だなー。
「ベルゼビュートの力が神並みに大きくなったら、ミカエルに気づかれてしまいますよね」
私の立場からしてみれば、ベルゼビュートがミカエルに気づかれて捕まった挙句、再びその心臓を取られてしまうと言う筋書きが最悪の結末だ。
「それこそが、ベルゼの狙いなんだよー」
「こうなった以上、どちらが先にベルゼ様を探し出すかですわ」
どうしてもベルゼビュートの目立ちたがりは直しようがないとなれば、何が何でも私達が一番に探し出すしかない。
「ところで、私達ってミカエルに気づかれてませんか」
ライバルにこっちの動きを気づかれると、捜索隊としては具合悪い。
「大丈夫ですわ。私の結界で気配を消していますから。でも、移動は馬車になりますわね」
「それは、しかたないですね」
翌日、夜明け前からエポナさんの馬車で移動する事半日。
この世界に来て最初に着いたのは、かなり前に戦禍を被った村だった。
白骨化した遺体が、村中に散乱する異様な光景。
「ゴーストタウンだね」
ティンクがブルブルっと全身を震わせる。
目の前に横たわる白骨死体を、放置したまま移動しても良かった。
でも、ここは人として、何とかしてあげるのが死者に対する礼儀だと思った。
バラバラになっている白骨を丁寧に鑑定し、一体を組合わせていくのに一時間ほどかかった。
皆で頑張ってやったけど、全部の白骨死体を共同墓地に埋葬するには、まるまる二日もかかってしまった。
こんな事なら、全部まとめて一か所に埋めてあげるべきだった。
全部の埋葬が終わって、明日の朝にはこの村を出て行くと決めた夜。
「私は幽霊の代表でー、この村の村長ですー」とかってしゃべくる骸骨が、和やかであるべき食卓に現れ出きた。
聞いてもいない事情を事細かに説明し始める。
ティンクはすっかり怯えてしまい、私の後ろに隠れてブルブル震えるばかり。
「精霊のくせに、幽霊が怖いのかよ」
「人間の幽霊、とっても怖い」
白骨化していたここの住民は、やはり長引く戦争の犠牲者だった。
数日前にベルゼビュートも村を通ったが「急がなければならないので埋葬はできない」と涙しながら謝っていたそうだ。
私達もそうすべきだったか、二日以上ここに足止めされた。
急ぎ旅のベルゼビュートには、だいぶ引き離されてしまっているに違いない。
ここは幽霊の代表に、何がしかの見返りを期待しても罰は当たらないだろう。
「あのー、ベルゼビュート様の行先ならば、わだすに心当たりがありますけんども、申し上げた方が宜しいのでごぜえやしょうか」
ゴーストタウンの村長が、骸骨なのに酒を飲み肴を食い、埋葬のお礼とも取れる有意義な発言をする。
それにしても、実に珍しい眺めだ。
「いいに決まってるでしょ。そういう事は、飲み食いする前。もっと早く言ってちょうだいよー」
「すいませんです。久しぶりの御馳走だったもんでー、つい。ベルゼビュート様が向かったのは、恐らぐー、ここから馬車で北に二日ばがり行ったドンビキ村ではねえがと。凶作続きで苦しんでおりやして、病害をまき散らす蠅まで大発生していやがるとのことでごぜえやしたがらー」
戦争に疫病・凶作続きなのに助け船も出さないなんて、この世界の天界はどうなってるのよ。
「もう、この世界の神はロクデナシばっかりね。戦争で村一つゴーストタウンにしておいて、ほったらかしなんだものねー」
「昔からあいつらはこうだったんだ。だからベルゼが、あいつが神になればいいんだ」
私とルシファーから、ついつい愚痴が出てしまう。
「奈都姫様もルシファー様も、異世界司書の鉄則を忘れてはなりませんよ」
脱線しそうな私達を、エポナさんが穏やかに諭してくれる。
「異世界の主権を侵害してはならない【内政不干渉の原則】分っていますよね」
「ああ、僕はベルゼの心臓を取り戻しに来ただけだよ」
そうすれば魔力を抑え込まれ、ベルゼビュートはミカエルに抗議するどころか、会う事さえ出来ないと考えての発言。
ここにいるみんなが共有している思いだ。
「この条項には、ただしがついていますの【ただし、回収の為ならば、いかなる手段を行使しても罪に問わない(たとえその世界を壊滅させたとしても、回収を破壊の正当なる理由として認める)】とありますの」
何が言いたいのかな。
「ウフフ」
ティンクは分ったな。
「しずちゃんに連絡して、神界でやりたい放題している神が治めている国の状況を調査してもらいましたわ。ここ五百年ほど、異世界博物館の会費を払っておりませんでしたのー。えへへ」
「本当ですか‼」ルシファーが俄かに活気づく。
「やはりねー。千年も戦争に加担していたら、御金に縁の薄い神界一国じゃ、軍資金も底を付いちゃうよねー。なんだかんだいっても、奴等の台所は火の車ってことなんだよ」
ティンクも楽しそうだ。
「そうと分れば、私達は何でもありじゃないですか」
なんだか私まで嬉しくなってきた。
「その前に、ベルゼ様を探し出すのが先でございますわよ」
そうでした。
急いては事を仕損じる。
「焦りは禁物ですね」
「はい、落ち着いて行動しましょう」
私達は骸骨村長の話を頼りに、明け方からドンビキ村へ向かった。
馬車で二日は結構な距離だ、少しでも早く着きたいから速足速度で進む。
これが厳しくて、馬車道の舗装状態が悪い分よく揺れてくれる。
平原に吹く風が少し肌寒いけど、陽ざしはもう暖かい。
今、この世界の季節は初春のようだ。
平和な世界なら、旅人や商人が行きかう道路。
両側に広がる畑では、農夫が忙しく畑を耕している頃だ。
それが、この辺りの農地は長いこと放置されている。
雑草が生い茂り、農作業をしている様子がまったくない。
点在する民家はどれも朽ち果てている。
時折、馬や牛に出会うけど、これは家畜だったのが野生化したもの。
農民は、命の次に大切に思っている農地や家畜を捨てて、どこか遠くへ引っ越してしまった。
首にカウベルが下げられている牛も、何頭が見受けられる。
牛・馬の他にも、ウサギや鹿と出くわす事もある。
一見長閑な田舎道だが、ここには愍然たる過去が隠されている。
陽が昇りきった頃。
エポナさんが馬車を停める。
「なにか、変な生物がいるのですが、どなたか先に行って見てきていただけませんか」
道の真ん中にうずくまっている小さな生き物を発見した。
遠目だけど、大きさは三十cmくらい。
もぞもぞ動きだした。
「あたしが行くー」
言うが早いか到着するのが早いか。
ティンクが近づいても逃げる様子はない。
急に現れた妖精の姿に驚いて、ただじっとティンクとにらめっこしている。
頭に角があるから、龍の子供でもあるのか。
立ち上がると四本足。
背丈がティンクの背丈位だから、十五cmといったところかな。
危険生物ではなさそうだ。
ゆっくり馬車を近づけて行く。
間近まで馬車を寄せると、ティンクはすでにこの生物と仲良しになっている。
背中にまたがり、ウロチョロ始めていた。