私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。

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【小説家になろう】にて連載中】

 

 

 42 双頭のサタン

 

「うん、前に聞いた」

「天界から追放されるってなった時に、自分から堕天使になって地上へ降りるって決めたんだけど、ルシファーは一つ条件を出したんだよ」

「条件?」

「そう、二度と人間界で戦争を起こさないようにってね。これに強く反発したのが、上級神の連中なんだ。これがきっかけで、神と天使の間でちょっとした争いが始まったの」

「戦争ってことかな」

「んー、まあはっきり言っちゃえばそうだね」

 湯舟で羽をピチャピチャ始めた。

 これが見ていて和むのよね。

「それでね、ルシファーの復権をって言い出したのがベルゼなの。当時、ベルゼは天界で最高位の熾天使だったんだけど、天界の戦争ではルシファーの側近として戦うようになったんだ」

「真面な天使だったのね」

「そうだよ。神の中にはルシファーに味方する者もいたし、天使の中には神側に付く者もいたの。その中で神側の総帥になったのがミカエルってわけ」

 今度は湯舟で泳ぎ始めた。

 シンクロの真似事までするから面白い。

 

「天使VS神って、壮絶な兄弟喧嘩ね」

「言われてみればそうだね。この戦いで勝利したミカエルは功績を認められてー、今では天界十二神の一柱になっているんだよ」

「ルシファー、負けちゃったの」

「うん、この戦争の時に、ベルゼがアスタロトなんか悪魔の名士を加えて蝿騎士団ていう騎士団をつくって戦ってたんだけど、ミカエルは、この蠅騎士団とルシファーの味方をしていた人間達を人質にとって、ルシファーを降伏するように脅したの」

「なんて卑怯なやり口」

 長湯したからか、頭に血がのぼってきた。

「戦争なんてそんなもんだよ。それでね【ルシファーとベルゼはこの戦争から手を引き地上に降りる。交換条件として、蠅騎士団と人間を解放する】として戦争は終わったの。この時からルシファーは堕天使の異名を持つようになったんだ」

「なんだかなー、とっても口惜しい結末。嫌だなそういうのって」

「ベルゼとミカエルの因縁にはまだ続きがあってね。勝った神はこの時の約束を違えて、ミカエルを使って、ルシファーを筆頭にベルゼとその一味だった蠅騎士団を地獄に送っちゃったの」

「なんて奴等なの、最低」

「こうしてベルゼは【地獄に堕ちた智天使】って呼ばれるようになったわけ」

「でもその因縁て、大元は戦争好きの神よね」

「この世界の神は、どんな時でも自分の手を汚さないの」

 

 お風呂から出て温風魔法で髪を乾かしていると、サーフボードに乗ったティンクが風で遊び始めた。

「この頃は、地獄も神が支配する領域として位置づけられていたの。今では魔界の一部になってるけどね」

「えっ、どうして支配領域が変わったの」

「それがね、ルシファーとベルゼが地獄で大暴れして、たちまち地獄を支配しちゃったからなのねー」

 ルシファー、やる時はやるもんだー。

「ルシファーは地獄でサタンと呼ばれるようになって、サタンに次いで強大な権力を持ったベルゼは、ルシファーを凌ぐとまでされたことから、二人はやがて【双頭のサタン】と恐れられるようになったんだよ」

 魔王様、昔はサタンでしたってか、ろくなもんじゃないな。

 恐ろしかー。

 

 お風呂を終えると今度は炬燵の中。

 考えてみたら行く所行く所、どこもかしこも冬だったみたいなー。

 寒いのあまり好きじゃないんですけど。

 

「地獄の支配が終わると、ルシファーは地獄をベルゼに譲って、別世界の魔王を目指したの」

 さっきの具合悪い酒を、また飲み始めたティンク。

 私は風呂上りの生ビール。

 私達と入れ替わりに、エポナさんがお風呂に行った。

 テーブルの上は片付いていて、マグロのたたきとワイバーンのあぶりが出ている。

 食べ過ぎちゃうのよねー。 

 でも加護があるから、たぶん大丈夫。

 美しいプロポーションは維持できるわ。

「ルシファーが別の世界で魔王になると、地獄で暴れまわっていたベルゼを、地獄の監獄に閉じ込めたのがミカエル。この前行った世界の異変も、ルシファーがこの世界に帰って来られないようにするために、ミカエルが仕組んだんじゃないかって。ルシファーは疑っていたんだよ」

 ちょっと待てー、どうしてルシファーはこの世界の魔王にならなかったんだろう。

「どうしてルシファーは別の世界の魔王になっちゃったの、ここの魔王やっていれば、そんな事にならなかったんじゃないの」

「ここの魔王はアスタロトがやってるの。元々魔族でも上位の悪魔だったから、ルシファーもベルゼもアスタロトが魔王に適任と考えたのね。結局ねベルゼを助けようとして、コテンコテンにやっつけられちゃったんだけどね。仕方ないわよ。元々の格が違い過ぎるもの。ミカエルと渡り合えるのはルシファーくらいのものよ」

 

 ここで湯上りのエポナさんも話に加わって来た。

「心臓を取り出して魔法を使えないようにしたのも、ミカエル様ですの。ベルゼ様にとって、ミカエル様は生涯の仇なのですわ」

 生ビールをグビッ。

 エポナさんはビールがお好き。

「ベルゼビュートは、ミカエルによって監獄に封印されたってことか。だったら永久に出られないでしょ。どうやって監獄から出たの」

「あたしの推測だけど、監獄ってのは結界が格子状に張られてるのね。捕まった時のベルゼは、体が大きかったから檻にひっかかったけど、時がたつにつれて力がなくなって、小さくなって最後は蠅になったから出られたってとこかな」

 ティンクも小さなジョッキでビールを飲み始めている。

 無限生ビールサーバーから、いくらでも生ビールが出て来る。

 私を含めて、皆ビール党になりそうだな。

 テゲーラ飲んでいるのを見ているよりはいいね。

 テゲーラ封印。

 

「ベルゼビュートって、天界にいた時は天使だったんでしょ」

「ん。でも、地獄に落とされた時は、四枚羽に髑髏模様の入った巨大な蠅にされたんだよ。ちっちゃくなったベルゼを、地獄から救い出したのは蠅騎士団だと思うよ。異世界博物館見学ツアーに紛れてやって来て、心臓を手に入れたところは記録画像が残っていた」

 流石に情報通でいらっしゃる。

 細かい所までチェック済みだ。

「ふーん。ベルゼビュート対ミカエルか、どっちが勝つかしら」

 野次馬根性丸出し。

 少しばかりルシファーに後ろめたい気もするけど、知るべき事は知っておかないといけないわよね。

「どうやっても今のベルゼじゃ勝てないわね。なんてったって蠅だもの。ルシファーは、ベルゼが神界に行こうとしていると考えたのよ」

「折角逃げ出せたのに、わざわざ殺されにいくようなもんでしょう。ベルゼビュートって、いかれちゃってる?」

 

 ビールが温くなってきたー。

 エポナさんが、魔法で私のビールを冷やしてくれたー。

「ベルゼ様は、人間界で起こっている理不尽に気づいてもらう為に、ミカエル様に会って直訴するお考えかと」

 エポナさんの話を聞きながらなのに、ティンクの前の肴が次々消えていく。

 なくなりそうになると、ちょこちょこ足していってあげるのは、何時もエポナさんだ。

「気づかせる?」

「ベルゼはミカエルに、でたらめやっている神達を叱ってもらいたいんだよ。自分の命と引き換えにね」

「ベルゼビュートが人間達を救うために‥‥? 自分の命を差し出すつもりなの」

「少なくとも、ルシファーはそう考えているね。助けたいんだよ。ルシファーは、ベルゼを助けたくて捜してるんだよ」

「そうですわねー。今は力が弱くて気配さえつかめない状態ですけど、ベルゼ様ならすぐに、人間界で巨大な神力を得るでしょうね」