私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
41 ベルゼビュートの心臓・ルシファーとミカエル
「展示物って、いっぱいあるじゃん。何が盗まれたのー」
こんな時まで陽気なティンク、少しは空気を読めよ。
「ベルゼビュートの心臓です」
ズーボラさんが申し訳なさそうだ。
「髑髏蠅がここに来たのか」
クックバットをつまみ食いしていたルシファーの顔色が変わった。
「はい、異世界博物館には結界が張られていますから、自分の体以外の物は外に出せないはずです。なので、ベルゼビュート自身がここに来て、心臓を体に戻したものと考えるしかありません」
「髑髏蠅ってなんですか」
エポナさんにこっそり聞いてみる。
「ベルゼ様の別名ですわ。本体は蠅ですの。四枚の羽に、骸骨の模様が入っているところから付いた別名です」
蠅? 蠅叩きで一発ってどうよ。
そんな簡単にはいかないんだろうなー。
「して、ベルゼの心臓を持ち込んだのは誰ですか」
「ミカエル様です。百年程前になります」
ズーボラさんが帳簿を広げて確認している。
皆が黙り込んだ。
私には何も出来ないので、部屋の隅っこでエポナさんと世間話。
「エポナさんー。一つ聞いても良い」
「何でしょう」
「聞いた事のある名前が出て来るんですけど、地球には魔力とか少なくて、魔界とか精霊界とかないんですよね」
「はい、地球で語られている殆どの昔話は、観光で地球に行った異世界人が、別の世界で起こった事件を語り聞かせたものですわ。聞いた人が、地球の出来事と勘違いして語り継ぎ、地球の昔話として残っているのでございます」
「そうだったんですか」
「はい。食べます?」
クックバットをちぎったて私に勧めてくれる。
「はは、いただきません」
「なっちゃん、急いで出発しよう」
ルシファーが一大決心をした顔つきで私に詰め寄ってきた。
「いきなり何ですかー」
顔近いし、驚いた私はついつい大声になる。
「事情は道行話しますから。とにかく急ぎましょう」
情熱と言いましょうか、ごり押しと申しましょうか、有無を言わせぬルシファーの訴えに負けた。
私達は急遽出発する事になった。
「出動するのー、私も行く」
いくらか気分が良くなったか、しずちゃんが横になったまま参加表明する。
「だめです。しずちゃんはもう館長なのですから、ここでしっかりしていなければいけないのですよ」
エポナさんがなだめると、しずちゃんは再び意識朦朧となった。
「ところで、ベルゼビュートの居場所は分っているのですか、ルシファー様」
転送する部屋まで行って座標を入力する段になって、ズーボラさんが聞いてくる。
「奴の行先はミカエルの所だ。ミカエルの居場所は嫌でも分る」
嫌でも分るがひっかかるけど、とりあえずそこへ飛ぶようだ。
飛んで出た先は、草原の中の一本道だった。
見渡すと、あちこちこんもりした林が点在している。
昔は農地だったのか、朽ち果てて崩れた廃屋。
石で作られた基礎が、風に吹かれて物悲しい。
石畳の舗装は所々大きく欠けていて、馬車の轍が深い。
少し先には賊に襲われたか、車輪の壊された馬車が横たわっていて通りを塞いでいる。
これでは道行く人は難儀する。
管理がまったくされていない。
「撤去」
ルシファーが魔力で馬車を路肩にどかすと、その向こうには何体もの野ざらしが横たわっていた。
「酷い所に出ちゃったねー」
素早く遺体の所へティンクが飛んで行く。
私達も駆け寄って見る。
頭蓋を割られたり、首を切り落とされて亡くなったような遺体が五体、無残なものだ。
「なんて所なの。街道なのに遺体が白骨化するまで放置って、誰も通らなかったの。誰も管理してないの」
私は憤りが止まずに思わず叫んでしまった。
頬を伝った涙を拭くエポナさんが、ルシファーの横で遺体を見ている。
「何も変わっていませんわね」
「あいつら、全然懲りていねえ」
ルシファーの息遣いが荒っぽくなっている。
「ルシファー、気を押さえなよー。あいつ等に気づかれちゃうよ」
ティンクが羽をブンブンさせて、ルシファーの熱くなった顔を冷やす。
「あっ、すまない。つい昔の事が蘇ってきてしまって」
路肩の花がいっぱい咲いている所に遺体を埋葬する。
今日はここで野営。
野営と言ってはみたものの、ルシファーの城は目立ち過ぎるとかで出せず、私のクローゼットに皆して雑魚寝する。
いつものスタイルで、緊張感が一気に解けるシチュエーションになった。
いつまであるんだろう。
クックバットとチスイウサギの丸焼き。
マグロの刺身とロック鳥の焼き鳥とー、ワイバーンのニンニクビタビタ醤油漬け生肉。
エポナさんがどんな方法で新鮮なまま食材を保存しているかは極秘事項。
私には一切教えてくれない。
クックバットとチスイウサギの丸焼き以外は、美味しくいただけるから良しとしよう。
昼間の苛立たし気な表情が消えたルシファー。
魔界から持って来た酒を持ち出してきた。
「何のお酒?」
魔界からというだけで、十二分に疑ってかかるべき代物だ。
「テゲーラっていうんだ。ゲコラという酒の飲めないカエルを三日三晩、リュウトウランの根から作った蒸留酒に漬けて、ぶよぶよになったところで酒と一緒に混ぜこぜしてから、魔界樹の樽で三年以上寝かせて」
「もういいわ。説明してくれなくていいから」
絶対に飲まない。
私は、無限ビールサーバーから生ビールを注いで持ってくる。
しずちゃんから出がけに差し入れられたビールサーバー、初仕事だよーん。
ティンクはテゲーラを美味そうにちびりなめて、ライムをちびっとかじって。
これを繰り返している。
今夜は一緒に寝てくれるな。
「ルシファー。どうしてベルゼビュートがこの世界にいるって思うの」
「ミカエルがいるからだよ」
「そうそう、ミカエルのいるところなら嫌でも分るって言ってたけど、どうしてなの。それって不思議ちゃんだわ」
「不思議でも奇怪でもないさ。僕とミカエルは双子だからね」
小さなグラスに入ったテゲーラを一気に飲み干すと、上を向き手元にあったライムを絞って口の中に流し込む。
強い酒らしいけど、ライム汁でチェイサーの役目がはたせるのだろうか。
喉焼けてそう。
「どうしてミカエルがいるとねベルゼビュートもそこにいるの」
「ベルゼにとってミカエルはどうしても許せない奴だからさ」
「許せない奴‥‥ですか」
「そう、絶対に許してはいけない奴」
いったい何が、実の兄弟をこんなに憎むまで追い込んだのだろう。
ルシファーから直に聞くのは酷に思える。
聞かない事にした。
エポナさんとティンクが事情を知っていそうだし。
口が重くなったルシファーは、一人にしてあげたほうがいいようだ。
「ルシファー様、今日は飲み過ぎたようでございますわね。ご自分の部屋で早めにお休みになりますか」
「そうだね。先に休ませてもらいます」
素直なルシファーが不気味だ。
エポナさんの気転、素晴らしい。
「なっちゃん、お風呂入ろう」
今からかい、テゲーラ飲んだ奴と一緒にお風呂ですか。
「そうなさいませ。ティンクは、当時この世界で精霊界の長をしていました。色々と事情を知っていますよ」
なんだ、そういうことだったのか。
「分った。入ろう」
ティンクの過去に、精霊界の長があったとは意外中の意外。
お風呂では何時ものように、私が作った石鹸の泡を使いたい放題のティンク。
「ルシファーが神界の怠慢に怒りを爆発させて、神が仕掛けた戦争を終わらせた事を責められたのは知ってるよね」