私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。

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【小説家になろう】にて連載中】

 

 

 39 富士山のルシファーとディズニーリゾートのティンカーベル 

 

「えーっ、やっと名前聞いたんですか。どうして連絡先聞かなかったんですかー」

「連絡先の住所を書いてもらったんだけど、ここの住所だったよ。仕事場で会ったら伝えておいてよ。連絡先の件とインターネットの件」

「はい、絶対に伝えておきます」

 

 のんびりまったり一時間ばかりしていただろうか、シェフに再会を約束をして、帰りの挨拶を済ませる。

 外に出てから、中でこちらを見ているシェフに頭を下げると、入口の扉に掛かっている【本日貸切】の看板が目に入った。

 シェフ、ありがとう。

 

 早朝の帰宅。 

 ルシファーとティンクが帰ってきているかと思えば、まだ誰もいない。

 静まり返った部屋。

 冷たい空気。

 去年までは寂しくて泣きそうになっていた元旦だけど、今はエポナさんがいてくれる。

「寒かったですわねー。熱い御茶でも入れましょうか」

 茶筒と湯呑に急須を出して、お湯を沸かしている間に茶菓子の準備、のんびりする間もなく、そそくさ動き回るエポナさん。

 

「はい、ゆっくりしましょうね」

 準備を終えて、エポナさんが炬燵に足を入れる。 

 私はさっきからゆったりさせていだたいておりました。

 暖かな御茶をすすり、茶菓子に出ている小さな月餅を頬張る。

 私ってば、晴れ着なんか着ちゃってさ。

 なんて今日は可愛いのでしょう。

 

 それにしても、この生活は暮らしやすいを通り越して、危険なスキルとデンジャラスな怠慢アイテムに満ち溢れている。

 いくら異世界司書になる人間が少ないからって、過剰な好条件の裏には、きっと、絶対、間違いなく、何かが隠されている。

 日々こんな思いで暮らすより、ここは思い切って知ってしまった方が楽だよね。

「異世界司書って、皆さんこんなに待遇がいいんですか?」

「似たり寄ったりですけれども、奈都姫様の場合は特別が多いですわね」

「やはりそうでしたか。どうして私ばかり特別扱いされているんでしょう」

 エポナさんが二杯目の御茶を自分の茶碗に注ぐ。

「それは、奈都姫様が黄麒麟様の後継者候補だからで御座います」 

 聞いてないよ。

「以前、殉職扱いになった地球の司書がいたとお話しましたわよね。正しくは殉職ではなくて、司書を続けられなくなったと言うべきですけれど」

 いかん方向に話が進んで行きそうな予感がする。

「はい、随分と昔にいた人だとか」

「実は、その方も後継者候補でしたの」

 後継者候補なら、私と同じように特別待遇だったはずだ。

 どうして殉職なのよ。

「殉職の経緯って分ってますか」

「ええ、存じあげております。あの方は黄麒麟様が授けた力を吸収した後に、それらの能力を制御しきれなくなってしまい、自爆されましたの」

 自爆‥‥‥。

 御茶飲んでる場合じゃないよ。

 私、加護だのブレスレットだのネックレスとか、指輪も、刀まで貰ったし、やばい状況間違いなしじゃないの。

 

「私ったらー、自爆何分前ですか」

「奈都姫様は安定していますわ。それはお会いした時から分っていた事でございまして、黄麒麟様も、最初に会って大丈夫だと確信したそうでございますわよ」

「どうして大丈夫なんですか。何か保証でもあるんですか」

「奈都姫様の魔力量でございます。黄麒麟様よりも多いといいますか、測定が不可能なのです」

 グゲッ‼

【測定不可能】=【超いい加減な安全宣言】結果、根拠なしじゃないか。

 これはきっと、何時自爆しても悔いが残らないように、毎日充実した生活をしなさいよとの掲示だ。

 取り敢えず、今は目の前の月餅と栗饅頭を残さないようにしよう。

「どうして後継者が必要なんですか、黄麒麟さんて不死身でしたよね」

「はい、それにつきましてはお話が長くなりますので、別の機会に。それよりも、テレビにルシファー様が写っているのですが、どういたしましょう」

 暮れにも人騒がせをやってくれていた。

 今度は何をやらかしたんだよ。

 

「今度は、変わったニュースを二つご紹介します。視聴者の方から提供していただいた映像です。初日の出と重なるように、人間の様な影が写っています。これは、銚子沖に出現した天使と同じ姿をしています。もう少しするとはっきり見えます」

 アナウンサーの声が止まると、富士山の山頂より高い所に浮いている人影。

 白いカーテン生地みたいな寝巻の男が、光の中から抜け出てきた。

 カメラに気づいてないし。

 ルシファー、何してくれてんのよ。

「富士山頂に【美しき堕天使・ルシファー】が降臨した。と、ネット上では大騒ぎになっています。この現象とほぼ同時に、影を直視した女性が、数名気絶して救急搬送されましたが、後に全快したとの事です」

 帰ってきたらお仕置きよね。

 

「たっだいまー。あらら、なっちゃん綺麗だねー」

 ルシファーが元気に帰って来た。

 やけになれなれしいじゃないか。

 酔ってるのか。

 綺麗なのは着物だろ。

「あんたね、何やらかしたか自分で分ってないでしょ。全国ニュースで流れちゃったじゃないのよ。正体バレバレじゃないの。どうすんの。もう外、出歩けなくなっちゃったでしょうよ。どうすんの、えっ、どうしてくれるの」

「えっ、僕、何かやっちゃった」

「富士山頂の上に浮かんで、初日の出眺めてたでしょ」

「ええ、地上は混んでいたので、ちょっと上で眺めていました」

 いかん、感覚がズレズレだわ。

 こんな奴に何を言っても無駄な気がしてきた。

「大丈夫ですわよ。顔は写っていませんし、浮いている者の正体がルシファー様だなんて、誰も気づきませんわよ」

 エポナさんまで能天気な。

 

「おっ、ティンクがテレビに出てる」

 ルシファーが画面に食い入る。

「次に【ディズニーリゾートに現れたティンカーベル】を御伝えします。この映像も視聴者の方からの提供です。お客さんに手を振って、笑顔が可愛いですね。妖精のティンカーベルですね。実はこれ、施設を管理するオリエンタルランドに問い合わせたところ、施設内の仕掛けではないとの事でして、これまたSNSで爆発的な話題となっています。オリエンタルランドでは、どうしてこのような現象が起きたのか、現在調査中との事でした」

 

 ‥‥‥‥もう嫌。

 

 ニュースが終わって直ぐ。

「たっだいまー。ティンカーベルに会えなかったよー。でも楽しかったから、いいってことで帰ってきましたー」

 お前がティンカーベルだよ。

 大騒ぎになってるよ。

 早く自覚しろよ。

「あっ! なっちゃん綺麗。あたしも着物着たいー」

 羽用の穴開いた着物なんて、人形用でもないから。

「はい、ティンク用の晴れ着ですよ。簡単に着られるように作っておきましたわよ」

 いつ作ったの、凄すぎるんですけど。

「一時的な騒ぎでございますわ。何時の時代も、この様な事件は皆さん直ぐに忘れてしまいますの」

 何百年だか何千年だか、この世に生きてきた人の言葉を信じるとしよう。  

 それ以外、今の私が救われる術はない。

 そうだ、さっきの続きを。

 それで気を紛らわそう。

 

「エポナさん、さっきの続きを話してくださいよ」

「そうですか、では御膳を整えてからにしますわね」

 カチャカチャ・バンバン・ジュウジュウ・バンバン・シュワシュワ・バンバン。

 十分ほど台所でひと暴れすると、にこやかなエポナさんが登場。

 いかにも元旦の膳である。

 いつにも増して豪華絢爛。

 だいぶ前にも元旦を異世界でやったけど、あの時と比べても見劣りしない出来栄えだ。

 

「見てー、あたしも晴れ着ー」

 ティンクが御機嫌で飛び回っている。

「新年あけましておめでとうございます。カンパーイ」

 昼間の酒は効くー。

 肴も豪華で美味い。

 これを幸せと言わずして、何が人生の喜びかな。