私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
38 年越し富士宮焼きそば
シェルリル刀をルシファーが持ち出してくる。
エポナさんと二人で、マグロの解体ショー始まりだ。
テレビで見るより超間近。
迫力があっていいかも。
この解体作業が手慣れたもので、あれよあれよという間に粗方の下処理が終わった。
ここからは、シェルリル包丁を持ったエポナさんの独壇場になる。
瞬く間に柵が出来上がっていくのは、見ていて楽しくなる。
「良いわー、この包丁。凄い!」
包丁が凄いんじゃないと思う。
虹色に輝く包丁の刃をしみじみ眺め、うっとり微笑むエポナさん。
刃物を持たせると、とっても危ない人になる。
出来上がった柵を、エポナさんの分身が分担して、シェリーさんやズーボラさんに。
勿論、しずちゃんとブツクサさんの所にも持って行く。
お隣へのおすそ分けは、私が持って行く事になった。
今は何駅も離れた所に仮住まいしている事になっている。
いきなり出現するのはルシファーと同じで、いけない現象を引き起こす。
ルシファーの車で、ちょっと離れた所から家の前まで行く。
「おばさん。これ、大きいのが獲れちゃったんで、皆で食べてください」
「あらあら、まあこんなに。獲れちゃったって、釣りにでも行ってたのかい」
しまった、余計な事まで言っちゃった。
「はい、ちょっと銚子沖で」
「あらら、銚子沖って言えばさ。天使が降りてきたって大騒ぎよね。知ってるでしょ。見た?」
「いいえ、あれは私達が帰った後に出現したらしくて、あいにく見損ねちゃいました。では、よいお年をー」
ここは慌てて、ぼろが出ないうちに退散すべし。
すぐ隣で作業をしていた社長さんにも、おすそ分けと言って沢山渡してあげる。
「そんなに慌てなくでもいいんですよ。無理しないで、頑張りすぎないで、自分のペースでやってください。私、そんなに急いでいませんから」
社長が泣いている。
絡まれたくないから、ここも早いところ撤退しよう。
「では、よいお年をー」
職人さんとかいっぱい居るみたいだから、きっと上手に分けてくれるよね。
帰ると、獲れたてマグロと買い置きしてあった刺身で、大きな船盛が出来上がっていた。
エポナさんは何をやらせても芸術の域にまで持っていく。
実に素晴らしい職人技だ。
「いやー、相変わらずお見事な御造りですねー」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。ルシファー殿」
呼び方が正月バージョンになったな。
「では。今年は皆様とっても大変な年でしたけど、何とか乗り越えまして、来年はもっとよい年になりますように。少し早いですけど始めちゃいましょう」
久しぶりに日本で、そして私の家でというか私のクローゼットで、エポナさんがいて、ルシファーがいて。
ティンクもいれば御馳走が食べ放題だったのに。
なにはともあれ、とっても良い正月になりそうな予感。
ちょっと酔った感がし始めてきたら、ルシファーの希望どうり富士宮焼きそばが出てきた。
「年越しそばならぬ年越し富士宮焼きそばですわよっ」
「これが富士宮焼きそばですかー。どれどれー」
ルシファーの顔が、これでもかという程ほころんでいる。
カップ麺が未体験だったくらいだから、生めんの焼きそばはその臭いさえ嗅いだことがないだろう。
ソースと醤油にオイスター、酒と出汁と肉かすと、出汁粉・豚肉・キャベツ。
どうだ、美味しいだろー。
「ボーノ・デリッシャス・マシソヨ・めっちゃ美味い・馬鹿旨。ルシファー感激ですー。食べ物でこれ程の感銘を受けたのは始めてですうー」
そこまで感激されると、嘘っぽく見えるのは私だけか。
とっても美味しい年越し富士宮焼きそばを食べ終わって、皆で機嫌よく片付けてから暫し仮眠。
夜明けが近くなって、私達も初日の出を浜辺で見ようと思い立ち起きだす。
ルシファーも起きてきて、白い生地でカーテンのような寝巻のまま富士山へ飛んで行った。
静かな元旦だなー。
「奈都姫様、先ほど御洋服を整理していましたら、晴れ着が出てまいりましたわよ。いかがなさいますか?」
質問の意味が一瞬分らなかったが、晴れ着で出かけませんかと言いたいのね。
「でもねー。今更晴れ着って歳でもないし、着付けできないし、着ていて苦しいし、汚れたらクリーニング高いし、どうしようかなー」
「奈都姫様は童顔でスタイルも良くて若く見えますから、きっと綺麗な御人形さんのようになりますわよ。着付けでしたら私ができましてよ」
どこでそんな事を覚えたんだよ。
それに、人を機嫌よくさせておいて、自分の思い通りに動かすのが上手だ。
心理学でも学んだか。
ひょっとして、神だから人心を自由に操れるのか。
有無をどうこう言う前に着付けが始まって、なんだかんだで晴れ着姿の私が出来上がった。
着付けが上手なのか、少しも苦しくない。
ただ、日ごろからがさつな動き方しかしていない自分が悪い【立てば芍薬・座れば牡丹・歩く姿は百合の花】そんな御嬢様には仕上がっていない。
もっとも、移動は瞬間移動だから楽なものだ。
二人で黄麒麟さんの店に飛んだ。
アンテナ線を引きに行った時、シェフに「日の出営業しているよ」と言われていた。
マグロの柵をお土産にして、裏の扉前に出た。
表に回って店の扉を開ける。
「いらっしゃい。おや、なっちゃんかい。御人形さんみたいだねー。見違えちゃったよ。明けましておめでとうございます」
「えへへ、明けましておめでとうございます。ご無沙汰しています。これ、良かったら使ってください」
マグロの柵をたっぷり渡す。
厨房に入って直ぐ、シェフが小走りで出てきた。
「あんなに。生だよね。本マグロだよね。良いの」
「はい、まだまだ沢山ありますから」
「どうしたの。たまにビギナーズラックで大マグロ釣っちゃう人がいるって、漁師さんに聞いた事があるけど。なっちゃんもその口かい」
こりゃ話が早い。
「まあ、そんな所です」
「驚いたねー。元旦から縁起の良いお客さんが来てくれたもんだ。歓迎するよー。あっ、それより、もうすぐ日の出だよ。外が明るくなってきただろ。リザーブしておくから、ゆっくり拝んできなよ」
「はい、ありがとうございます」
海岸には大勢の人が出ているけど、どこまでも続く浜では混みあっている感じがない。
適度に人がばらけていて、夏場の海水浴シーズンよりずっと居心地が良い。
「何度見ても初日の出って神々しいものだなー」
とか言っちゃってるけど、今日を入れても海での初日の出は三回目なんだよね。
日の出観測もそこそこ「うー、さぶっ」エポナさんと背中を丸めて店の中に飛び込む。
中は暖かくて良い臭いがしていて、とても安らげる雰囲気。
まだ日の出を見ているのか、それとも店に入る気がないのか、お客さんは私達二人だけ。
「暖かいシチュー食べて行って。サービス」
マグロが極上の牛タンシチューに変わった。
「先週ね、なっちゃんがオーナーと一緒に来た時は驚いたよ。まさか知り合いだったとはね」
「博物館の学芸員の方です」
「へー、そんな人がオーナーやってるんだ」
「ええ、博物館はアルバイトOKなんですよ。給料安いから」
私達の会話に、エポナさんが苦笑い。
「あのー、ここってインターネット入ってないんですね」
「そうなんだよ。今度入れようと思ってるんだ。配線はしてあるから契約だけだし、ネットでお店の宣伝もしたいし、暇な時に使いたいしでね。黄麒麟さんに相談しようと思っているんだけど、連絡先を知らなくて」