私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
37 銚子沖に突如出現した美しき天使
ティンクは「暫くディスニーランドに行ってるよー。手紙出すときは【ピーターパン空の旅】宛てにしてね」
アトラクションの中に住みつくと言って、直ぐに飛び立った。
ルシファーは大晦日まで家にいる。
初日の出の頃合いを見計らって瞬間移動する気でいる。
誰にも見られなければいいけど。
私とエポナさんは隣の空地に転移して、そのままクローゼット生活を続けることにした。
どうせ誰にも見えないクローゼットだ。
迂闊に外へ出て体操なんかしない限り、問題はない。
帰って直ぐ、ルシファーはカップ麺の入った大きな袋を抱え、テレビの前に陣取り動かなくなった。
あっちでもこっちでもテレビは映るのに、どうしてインターネットが使えないんだろう。
この疑問がずっとあった。
そして、帰ってきて気が付いた。
私は、インターネットどころか電話の契約も切られていた。
こう仮定したが、インターネットもテレビも、元は黄麒麟さんの店から引いていた。
「エポナさん。黄麒麟さんの店って、インターネット入っていますか」
「いいえ、黄麒麟様はインターネットを利用いたしません」
それじゃあ繋がらないわな。
私の家、今頃は電気もガスも水道も止められているだろうけど、どうせ工事で壊す家だ。
このまま放置して踏み倒す事にした。
エポナさんと私は、とりあえず使う物を台所に出して、あとは奥の部屋に移した。
珍しく台所にルシファーが立って、お湯を沸かしている。
買ってきたばかりのカップ麺を食べる気満々だ。
「明日の昼過ぎから、僕は出かけます」
テレビで何か面白いものを見つけたか。
ルシファーの計画が出来上がった。
「何処かに寄っていくの」
「ええ、富士宮焼きそば食べたくて」
「大晦日にやってるかしら」
エポナさんの頭に疑問符が一つ。
「見つけました。混み出す前にと思ったんですけど、もう並んでいる人がいるらしくて、僕も並ぶことにしました」
ここでエポナさんから意外な発言。
「富士宮焼きそばなら、わたくしが作れましてよ」
焼きそば店の前にルシファーが並んで、ただ事で済むはずがない。 適切な判断だよ。
しかーし、実際に作れなかったら、ルシファーが何を言い出すか。
ちょっとだけ心配。
「えっ、それなら並ばなくて済む。少し楽できる。御願いします。明日の年越しそば、富士宮焼きそばにしてください」
年越しそばの概念から逸脱したような。
「では、麺を調達してまいります」
「えっ、麺ですか」
私は、富士宮焼きそばの事をよく知らないので、思わず聞いてしまった。
「なっちゃん。富士宮焼きそばは、麺が指定されてるんですよ」
ルシファーがどや顔で、今さっき知ったばかりの知識を披露する。
「只今」
出て行ったばかりのエポナさんが、五分もしないで帰って来た。
「早や! そんな簡単に指定麺て手に入るんですか」
「製麺所はもうやっていませんわ。富士宮焼きそばを提供しているお店のオーナーの中に、昔助けてあげた方がいらっしゃいまして、ちょっと分けていただきましたの」
助けたって‥‥高利貸しで助けたのか?
「借金の利息とかじゃないですよね」
「いいえ、これを分けてくださった方は完済されておりますわ」
やっぱり高利貸し絡みだったか。
何気なく外に目をやると、工務店の社長が一人で家の解体を始めていた。
もう日も傾いてきたし、寒い風も吹いている。
何だか可哀想になって来た。
「エポナさん、社長さん可哀想だよ。何とかしてあげられない」
「奈都姫様はお優しいのですね。少しだけお手伝いして差し上げましょうか」
外でウー・ウー・ウー。
けたたましくサイレンの音がする。
「危険です、敷地から外に出てください」
AIのようなアナウンスが流れる。
社長はそれでも、一心不乱に大きなバールを振るって解体作業を続けている。
「そこの君、お前だよボケナス。早くどけって言ってるのが分んないか」
社長がきょろきょろして自分を指さす。
「そうだよ、お前だよ。早く出て行けよ。作業の邪魔。危険範囲のテープより外に出ていないと、あっぶねえもん」
自分のおつむがいかれちまったと思うしかない幻聴だ。
しぶしぶ社長が危険テープの外に出る。
自分ではテープを張っていないの。
怪奇現象が起こっていると気づけよ。
グシャ、ガシャ、バキバキ、ガラガラドンドン、ぴーひゃらどんどんぴーどんどん等々、ありとあらゆる音が一斉に鳴ったかと思ったら、家を解体した廃材が綺麗に庭へ積み上げられて作業終了。
「‥‥‥。‥‥‥。‥‥‥。奇跡だ」
社長は振り返りもせず、暗くなった住宅街に消えていった。
逃げるようにじゃなくて、逃げたんだな、あれ。
「やりすぎですよ」
「いいのですよ、この事は誰にも言えないでしょう。もう解体して家ないだけに」
笑ってあげた方が喜ぶかな。
「はっははははー、笑える。今の最高ー」
ルシファーが先に腹を抱えて転げまわりだした。
はまりどころが悪かったか。
外は何事もなかったように、私の家だけ無くなっている。
順調に時は流れ、大晦日の朝になった。
異世界博物館付属図書室所属異世界司書の出張仕事が長引いて、ずいぶん長く日本を離れていたような感覚が残っている。
なんだかんだで、今日と言う日がとっても嬉し懐かしだよ。
毎年、大晦日には大掃除だった。
おばあちゃんが亡くなってからは大掃除どころか、日ごろの掃除さえままならない生活。
今年はエポナさんとルシファー、そして私の三人で、狭い部屋の掃除をしている。
外では、昨夜慌てて逃げ去った社長さんが、重機を使って廃材をダンプに積み込んでいる。
隣のおばちゃんが「大晦日までお仕事大変ですねー」御茶を出してくれた。
本当は私達がやらなければならない。
ここにはいない人達になっているので、それが出来ない。
後でおばちゃんに何か持って行こう。
とっても狭い部屋なので、掃除は直ぐに終わった。
他の部屋は、毎日エポナさんの分身がピカピカに磨いている。
まったく掃除の必要がない。
始まりが遅かったというか、起きるのが遅かったので、大掃除が終わると世間はちょうどお昼時。
デレビでは、暮れの買い物客で賑わう商店街の様子を中継している。
残り少ない刺身を、嗄れ声のおじさんがたたき売り。
「あー、お刺身食べたいです」
正月用に生魚とか蛸とか烏賊とか蟹とか雲丹とかイクラとか明太子とか伊達巻とか蒲鉾とか、とにかく美味しいものを沢山買ってあるのを思い出した。
「少し早いですけど、解凍しますか? それとも、いきのいいのを獲って来ましょうか」
これから漁に出るってか。
「僕が行ってきますよ。すぐそこですよね、海って」
「はい、特急を乗り継いで行けば早いですわよ。瞬間移動ならもっと早いですわね」
ジョークだったのか。
一瞬焦った。
「江戸前がいいですか、太平洋のマグロがいいですか」
どこでそんな言葉を覚えた。
テレビか。
「では銚子沖のマグロを一本」
「了解」
ルシファーが消えた。
少しして、一番早い初日の出の取材準備をしていた銚子の取材班からとして、テレビに速報が流れてきた。
【沖に突如現れた美しき天使】とか銘打ってある。
嫌な予感。
どこかで見たことある奴の映像を放送している。
「上空に暫く浮いていた美しい天使は、急降下して海中に消えたきり姿を消した」と‥‥。
間もなく「三人分にはちょっと大きかったですかねー」
ルシファーが、100キロ越えの本マグロを担いで帰って来た。
まじか。
「ちょっと大き過ぎましたわね。いいですよ、柵にしてあちこちに配りますから」
「それ、お隣のおばちゃんにもおすそ分けしていいですか」
「もちろんです」
「あの社長さんにも分けて良い」
「いいですわよ。もう許してあげたいのですね」
「ばれてますか」
「奈都姫様は表情が簡単ですから」