私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
36 ルシファーとティンクの行きたい所
「こんな化け物、どこから持ってきたんですか」
「僕のガレージからです」
ルシファーが呟く。
「ルシファーの車が、エポナさんの物になってるの」
「仮置きです。僕のガレージもクローゼットも旅行鞄も満タンなもので」
「何をそんなに持って来たの、驚きだわ」
「えっと、車が二台と軽飛行機とジャイロコプターと」
「もういいわ。瞬間移動できるんだから、乗り物なんて要らないでしょ。売り払っちゃいなさい。無駄!」
「いや、趣味で集めていて‥‥」
黙った方が良いと分ったらしく、ここから先ルシファーは黙秘権を行使した。
久しぶりに仕事が絡んでいない朝。
天気がいいので、ちょっと寒いけど庭に出て皆で体操。
ルシファーを見た散歩中のおばさんが倒れた。
改修工事期間中は、別の町に仮住まいしている設定だったのを忘れていた。
この辺では見掛けない顔の人だったので、エポナさんが軽く治癒魔法をかけてから道端に放置。
いかん現象なので、すぐにクローゼットへ入った。
少し離れた市営グランドの駐車場に瞬間移動すると、車をガレージから出して出発。
途中のハンバーガーショップ。
ドライブスルーで朝食を調達。
ルシファーを見た店員が男女共に転倒した。
料金をカウンターにバンと置き、他の店員に見られる前に素早く撤退。
こんな事なら、ルシファーは猫のままにしておけばよかった。
猫が買い物するのもどうのこうの、黒豹は店に入れないどうのこうの、人間の姿で出発していた。
この先どれだけ被害者が出るか心配だ。
案の定、商店街に着くと車の周りは人だかり。
失神者続出だわ、写真とられまくりだわ。
「隣の娘、彼女かな、つりあいとれてないー」とか「メイドさんと一緒よ、どこの大金持ち?」とか、鬱陶しいったらありゃしない。
「なっちゃん、とうとう彼氏が出来たかー、これはお祝いだ持っていきな」
八百屋のおじさんが、昨日の見切り品を全部くれた。
「なっちゃん、彼氏? おばちゃん、さっき気が遠くなっちゃったわよ」
人生経験が長いと、多少の事では気絶しないらしい。
パン屋のおばさんが、昨日の残り物のパンを全部くれた。
「この前も感じましたが、この商店街の皆様は奈都姫様に随分と優しく接してくださいますわね」
「この商店街は、子供の頃から遊び場でしたから。それに、おばあちゃんの教え子もいっぱいいます」
ちょっと目を離したら、ルシファーがスーパーに吸い込まれていった。
いかん、お店の中にいる人達が危険だ。
慌てて後を追い中に入る。
どんなつもりか、買い物カゴの中はカップ麺であふれかえっている。
「ルシファー。いい加減にしなさいよ」
「これがないと僕は生きていけない体になってしまったんだよ」
違うから、妄想だから。
「ティンクは何か欲しいものある」
小さな声で聞いてみる。
「あたしはお菓子があれば十分だよ。地球のお菓子はみんな美味しいから、どれでも良いんだ」
小さく小分けされたお菓子を、片っ端からカゴに入れてやった。
「一度車に戻りましょうか」
エポナさんの指示で、一度車に戻り買い物を隠そうとしたら、車の周りには人だかりになっている。
とてもではないが、この場で旅行バックへ荷物を詰め込む事などできない。
「ちょっと気になる事があるので、一旦ここを離れますわね」
素早く、そして静かにエンジンをかける。
ギュイエーン、ボンボン、ウイーン。
慌てて交通規則を守り、到着したのは工務店の前だった。
荷物は移動中に私が旅行バックに詰め込んだ。
エポナさんが降りると、ルシファーもくっついて行ってしまった。
私はここで知らないふりしていよう。
あー、事務のお姉さんが椅子から落ちた。
ピクピクしてる。
「社長さん、いらっしゃいますー」
いささかエポナさんの肩が張って、斜め45度に社長をにらみつけている。
「うちの工事をほったらかして、のんびりしていられるわけございませんわよねー。社長さんはご不在ですわよねー」
エポナさんが怖い人になっている。
「誠に申し訳ございません。年末でどこも忙しくて、職人が出払っておりまして」
社長が土下座している。
事務員さん、まだピクピクしている。
あっ、ビクンとして動きが止まった。
危なくない。
「正月中に完成しなかったら、体を少しずつ切り取っていきますって、社長さんが来たら伝えてくださいね。一週間遅れるごとに、指一本なくなりますから。夜・路・死・苦」
なにか良い事があったのかな。
ニコニコ顔のエポナさんが出て来た。
ルシファーも嬉しそうだ。
商店街に戻って買い物再開。
ルシファーはカップ麺だけが目当てだった。
大人しく車の中で猫していると言い出した。
それならそれで、安心材料が増えるからいいわ。
車に残して三人でお買い物。
さしあたって、暮れ正月と引き籠る為の買い物を済ませる。
ここまでは良かった。
ルシファーが猫になって、車中で愛嬌を振り撒いていた。
前にもまして、車の周りに人が集まっている。
分け入って車に乗るのが大変だよ。
すったもんだの買い物は、昼過ぎになってようやく終えた。
移動中の車中。
休暇中は家の上空に帰る必要ないよね。
という話が持ち上がった。
ひょっとしたら、怯え切っていた工務店の社長が、暮れから正月にかけて一人で工事を始めるかもしれない。
この際だから、短期間だけど別の所で生活するのもいいかな。
しかし、車で行くにしても瞬間移動にしても、まずは移動先を決めなければならない。
桜の季節には満車になるけど、今は誰もいない公園の駐車場に停車して、車中会議を始めた。
「でもね、暮れとか正月って、何処に行っても混んでるよ」
この世界では一番生活経験が豊富な私からのアドバイス。
「あたし、ディズニーリゾートに行きたい」
ティンクは人の話を聞く気がない。
一度だけ、学生の時に友達とそんな無茶をやった事がある。
あの時は今よりずっと若かった。
多少の無理はきいたけど、今ではそれも昔の話だ。
「やめた方が良いと思う。ティンクは小さいから移動に不便ないだろうけど、あの人混みの中を歩くだけだってクタクタになっちゃうよ」
「私も奈都姫様の意見に賛成で御座います。ルシファー様があの混雑している中を歩く事を想像してごらんなさい。重大な犯罪行為ですわよ」
そりゃそうだ。
猫も黒豹も園内に入れない。
人間の姿でいるとなると、いかん現象がおきて当然だ。
「ア~ン。ティンカーベルに会いたいよー」
お前が本物だろ。
自覚を持て。
「こういうのはいかがでしょうか。富士山の頂上で初日の出と言うのは」
ルシファー。
あーあー、やりたがるタイプだったんだ。
「混んでいる上に、寒いよ暗いよ。狭い登山道を山頂まで歩きですよ」
「私は奈都姫様に従いますわ」
ひょっとしたら、エポナさんも引き籠りタイプだったりして。
「好きなように過ごせばいいんじゃないですか。何も皆で何時でも一緒に居なければならないわけではありませんから。皆さんは私より大人ですもんね」
ここは年長者の常識力を信じるしかない。
「そうですわねー。ところで、奈都姫様はどういたしますの」
「私は引き籠ります」
「では私も」
これで話は決まった。