私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。
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【小説家になろう】にて連載中】
33 異世界司書の慈悲
「セクメントよ。我等に神を滅する事は出来ぬゆえ、潔く死んではくれまいか」
「戯けた事を」
「ならば仕方あるまいな」
黄麒麟さんがティンクに作ってもらった短剣を持ち、セクメントの胸を切り開く。
取り出したのは心臓。
これを壺に積める。
「お前の命を封じた」
「心臓がなくとも我は生き続ける」
セクメントは苦もなく答える。
「であろうな」
今度はセクメントの頭蓋を切り開き、脳を引き出して壺に積める。
「お前の魂を封じた」
「そのような事が何になろう、我は永遠であるぞ」
「であろうな。だが、この結界からも永遠に出られぬわ」
心臓と脳を取り出されたセクメントは、どのようにあがいても神の術式を行えない状態になった。
「お前の心臓と脳は、天界預かりとする。その身は永遠にこの結界をもって封じ込める。戦禍に巻き込まれし者達の悲哀で作られたる炎で焼かれ、無限の奈落に苦しむがいい」
この仕事を終えると、黄麒麟さんもローの戦場へと向かった。
同じ頃、私達も戦場に到着した。
ルシファーが怪我人を一か所に集める。
エポナさんはすぐに分身を作り出し、怪我人の治療にあたった。
いよいよ、私本来の仕事をする時が来た。
回収可能圏内にある本の回収は、たいして難しくない魔法で完了する。
「異世界博物館付属図書室所蔵の図書よ、異世界司書の権限を持って汝に願う。それなる邪悪な者から逃れ、直ちに我が手に参られよ」
こう唱えただけで、ローから私の手に本は戻って来た。
私にはもう一仕事ある。
「書籍より出でたる者よ、異世界司書の権限により、汝の帰還を命ずる。直ちに書籍へと戻らぬ時は、その命ばかりか魂までも、我の劫火で焼き尽くされると覚悟せよ」
こうして書籍から逃げ出していた魔獣を引き戻すのだ。
この二つが上手くいって私の仕事は完了。
ロー軍は魔獣が消えて、圧倒的戦闘力が並み以下に落ちた。
兵士だけが残り、統制がとれず右往左往している。
もはや戦う意思の消え失せた兵士が殆どだ。
この兵士達を取り囲むようにして、連合軍が巨大な陣形を組んでいる。
もはや兵士達が逃れる道は残されていない。
こうなってから改めて周囲を見渡すと、修羅場と化した町では皆して事の収集にあたっている。
遠くの方で、ルシファーとエポナさんが治療をしている。
私も手伝いに向かう。
「ダメです。奈都姫様はこちらに来てはなりません」
エポナさんが叫んでいる。
どうして、私の事を仲間外れにしないでよ。
「いけない、こっちに来ちゃいけないんだよ‼」
ルシファーがカンカンに怒りだした。
私、何か悪い事しちゃいましたか?
少し歩いて、かがんでいる二人の向こうを見る。
「嫌だよー!」
私はその場で激しく震え、動けなくなった。
目の前が赤くなって、口の中で強く嚙み合った歯の割れる音が聞こえた。
松明の灯りに照らし出された広場には、おびただしい数の死体がころがっている。
女たちは犯され・殺され、老人はバラバラにされ、男達は手足を切られ泥の中に投げ捨てられている。
子供達は首を切り落とされ、腹を割かれ内臓を抉られて‥‥。
こんな事が‥‥。
怒りと悲しみが頂点に達した時、私は無意識に両手をロー軍の兵士達に向けていた。
「罪なき人々を傷つけ殺害せし者はその場を動くな。
罪なき人々の財産を奪いし者はその場を動くな。
罪なき人々を姦せし者はその場を動くな。
戦意なき者はただちにその場を立ち去れ。
嘘偽りを告げたる者は覚悟せよ。
我は死者とて容赦なく処刑する。
汝の魂は永遠の業火で焼き続けられるであろう。
正直にとどまりし者を殺しはしない。
命をいただき魂を封印するだけである。
浄化されたる魂には必ずや命を授けるであろう」
どうなってしまったんだろう。
私は意識を失った。
どれだけ時が過ぎたのか、気付いた時はベットの中。
外はすっかり明るくなっていた。
横には、エポナさんが白衣姿で座っている。
「お目覚めですか」
何時もと同じ笑顔だ。
「私、どうしたんですか」
「今は何も考えずにお休みください。総ては良い方に向かっておりますわ」
言っている意味がよく分からないけど、悪い事が起きたのでなければ良しとするか。
「皆さんはどうしているんですか」
「はい、黄麒麟様は神界にもう一度戻って、セクメントの処遇について協議中でございます」
まだ頭が少しボーっとしてるけど、こんな時じゃないと聞けないと思う。
黄麒麟さんとの関係について聞いてみた。
「エポナさんは、黄麒麟さんの事を随分と詳しく知ってますよね」
「はい、奈都姫様のお世話をする前は、黄麒麟様にお仕えしていましたから」
そうだったのか、だからやけに黄麒麟さんが慣れ慣れしかったんだ。
「それに、ルシファーとも知り合いだったみたいですよね」
「はい、この前お話したように、ルシファー様が堕天使になった時に、中立の立場で怪我人の看護をしていましたので、顛末の一部始終に関わっておりました」
なんだか、とっても凄い人だったんだね。
エポナさんが、野の花をベットサイドテーブルに飾ってくれた。
首チョンパ‥‥‥。
今、それ飾るかな。
「ルシファーは何処に行ってます」
「お金勘定をしています。戦勝国代表ですので、賠償金の分配を」
仕事早すぎませんかー。
「しずちゃんは」
「町の盛り場に繰り出しましたわ。戦争が終わったので町はお祭り騒ぎですから」
「ティンクは?」
「奈都姫様が作った浄化結界の管理を、精霊界に御願いしに行ってます」
私ってば、意識が飛んでから何か作り出しちゃったんだー。
「浄化結界って、なんですか。私が作ったんですか」
「そうですわよ。奈都姫様は無意識の意識下で、残虐行為を働いていた兵士の命と魂を分離して、個々の魂を一つ一つ、結界の中に封じ込めたのですよ」
随分と手間暇のかかる器用な仕事をしたもんだ、我ながら関心する。
「命と魂の分離ですか」
「はい。本来人は、命と魂と肉体の三元が対となって始めて生きるものですの。肉体は、命と魂の入れ物にすぎませんわ。奈都姫様はあの時、兵士の命と魂を肉体から切り離し、無残に殺された人達の魂と兵士の命を組み合わせて死者を蘇らせたましたの」
「命の交換‥‥」
「はい、成功いたしました」
でも、兵士は皆殺しだよね。
「兵士達はどうなったんですか」
「総て死にました。でも悔いる事はありませんわよ。奈都姫様は、命から引き離された魂を結界の中に封じ込めた後、浄化した魂から順次、命はあってもまだ魂の宿っていない若木に宿らせるように指示いたしました。この事で、ティンクが精霊界に行ったのですよ」
「堕天使の抱擁。やっちゃったんですね、私」
「戦場全体を巨大な死神が包み込んだので『堕天使の抱擁か』と、ルシファー様も私も悪夢が蘇ったのですが、結果はとても慈悲深いものでございましたわ。奈都姫様の術は【異世界司書の慈悲】と呼ばれております」
「結果としては良かったんですか」
「はい」
エポナさんの話口調が穏やかで声も優しくて、とっても心が安らいでいる。
「なっちゃん、気が付いたー」
デリカシーのない大声で部屋に入って来たのはルシファーだ。
「これ、分け前」
目の前に大きな麻袋がドンと置かれた。
「こっちはエポナさんの分ね」
これまた大きな麻袋ドン。
「わざわざ届けてくださったのですか、ありがとうございます」
「自分の家ですから」
「自分の家って、ここはルシファーさんのお城ですか」
「んー、僕はもうあの城を明け渡しました。これは黄麒麟様と揃いの簡易城です」