私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。

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【小説家になろう】にて連載中】

 

 

 29 国境の町・墓標の波

 

「死者の復活まで成すとは、恐ろしい力よのー」

 酒を一杯。

「黄麒麟様、順番を違えております」

「おお、そうであったか」

 鍋を一つつき。

「ローが国民を洗脳して、膨大な量の信仰エネルギーを集めています。今のセクメントは、更に強い力を持っているものと推察されます」

 鍋を一つつき。

「ローには強い魔力がありますので、魔導書を使って天変地異を起こしているのは恐らくローで御座いましょう」

 この手の話、どうして移動中の馬車の中で出来ないかな。

 隣にいる私は、とてもじゃないけどくつろげない。

「私は先に休みまーす」

 こんな時は早めに切り上げて、自分の部屋でのんびりした方が良い。

「エポナさん、ごちそうさまでしたー。おやすみなさい」

「はい、お粗末様。ゆっくりしてくださいな」

 

 クローゼットを広げて自分の部屋に入る。

 中にはエポナさんの分身が待っていてくれた。

「あのー、つかぬ事をうかがいますが、先ほど虫をぶっ刺して帰って来た尻尾の毛の中の一本様ですか?」

「しっかりお風呂で清めましたので、もう体に毒はついておりません。ご安心ください」

 仲間の一本だったのかい。

 毒虫だったのかい。

「お食事は済みましたか」

「はい、お風呂に入って寝たいです」

「では準備をいたします」

 

「なっちゃーん、あっそぼー」

 いきなりティンクが部屋に入って来た。

 瞬間移動が事実上の禁止状態だけど、ティンクは光より早く移動できる。

 近場なら瞬間移動とたいして変わらない。

「遊ばない。おふろ入って寝るの」

 ティンクに付き合っているときりがないので、ここはつれなく断る一手だ。

「じゃあ、一緒にお風呂入って一緒に寝よ」

 執拗にしがみ付いてくる。

「私、寝相悪いから、寝てる時に踏み潰しちゃうかもしれないけど、それでも良かったら」

「大丈夫ー。あたしは何時でも結界はってるから、潰されないー」

 ティンクはティンクなり、生き延びる術を習得していた。

 ねたまま結界って、こっちの存在を感づかれたりしないのかな。

「その結界って、まずくない」

「大丈夫だよ。転移魔法と違って、たいして魔力つかわないものねー」

 

「お風呂の支度ができましたわ」

 エポナさんの分身が知らせてくれる。

「お風呂、お風呂」

 ティンクが楽しそうにしている姿を見るのは嫌ではない。

 むしろ心が和むと言った方が正しいかもしれない。

 いざとなったら惨忍な殺戮兵器に成る妖精であるのを知っているのに、不思議なものだ。

 

「ねえー、この仕事が終わったらー、なっちゃんの家でずーっと一緒に暮らして良い?」

 浴槽の真ん中に浮かんで羽をパタパタさせている。

 ティンクは小さいし、一緒にいても人間には見えない。

 問題ないだろうな。

「いいよ。家は改修中だから、暫くはこのクローゼット暮らしだけど」

「本当に良いの」

「ええ、何か準備する物ってあったりするのかな」

「それは大丈夫、自分のクローゼットに全部入ってるから。見てみる」

 ティンクのクローゼット=妖精の物置。

 結構と興味あります。

「見せてもらえるの」

「当然だよ、なっちゃんのクローゼットに入りびたりなんだから」

 現状をよく理解している子だ。

 私よりずっと年上なんだけどね。

 

 お風呂から上がって、湯上りビールをグイッとやって

 さてと、行ってみますかね。

 ティンクがクローゼットを出す。

「どうぞ、お入りください」

「では遠慮なく」

 

 これがクローゼット?

 中には緑の樹木と草花。

 綺麗に手入れされた状態で、のびのび育っている。

 小川が流れ、その両側には色とりどりの花が咲き乱れている。

 驚かしてくれるよ、この子は。

 外は夜だというのに中は昼間。

 木漏れ日がキラキラ眩しい。

 綺麗な小鳥まで飛んでいる。

 たぶん、部屋の真ん中だろう所に大木があって、上の方に出来たくぼみ。

 ちいさな扉がついている。

「あれがティンクの家」

「そうだよ。私が子供の頃から住んでるの」

 私サイズの人間が歩ける道は何処にもない。

「綺麗な庭だね。ティンクが世話してるの」

「ん、精霊の箱庭って呼ばれているよ」

「へー、有名な庭なんだ」

「異世界博物館の庭園コーナーで写真集売ってる」

 とんでもない所で稼いでいやがる。

 案外、えげつない商売人の一面があるかも。

 

 翌日。

 出発はいつもより少し遅かった。

 目的の町がキャンプ地からそんなに遠くない事もあるが、疫病対策を万全にしたかったからだ。

 昨夜のうちにエポナさんが作った薬を、一万倍に薄めた霧が辺りに立ち込める。

 薬霧を私達総ての装備品や、体の隅々まで浴びるのに時間がかかった。

 私達には加護がある。

 病気がうつったりしないけど、他の町に行った時に疫病を広めたのでは、救済どころか疫病神になってしまう。

「この薬って、一万倍に薄めても効果あるんですか」

「基本は一万五千倍希釈ですの。濃い分には何も問題ありませんわ」

 夕べ見た時はグロテスクの塊だった虫達。

 薬として使うのは気乗りしなかったけど、一万倍まで薄められると気持ち悪さはなくなるものだ。

 

 出発してから四・五時間進んだ所で馬車が停まった。

「ここで昼休憩を取る。今日は夜遅くまで食事もままならないであろう。ここでしっかり食べておくように」

 黄麒麟さんの指示で馬車から降りると、エポナさんが昼食の支度を始める。

 この時に皆が少しだけ手伝うのは、異世界博物館での講習以来当たり前の習慣になっている。

 だけどこれは、手伝ったふりにしか見えない程度の協力だ。

「ロック鳥のシチューです。いっぱいありますから、しっかり食べてくださいね」

 大きな鳥なので肉が硬いと思っていたけど、鶏と同じように食べられる。

 エポナさんの料理の中でも、飛び切り美味しいランキング上位の食事になった。

 

 未舗装のデコボコ道をえっちらおっちら、随分と時間がかかったように感じたけど、まだ日の高いうちに目的の町に着いた。

 ここは魔界の一番端にある国の、そのまた外れにある。

 魔物が住みついている広大な平原を抜ければ、精霊界と国境を接している地域だ。

 ただ、今はこの平原も砂漠化していて、魔物さえ住み難い状態らしい。

 精霊達は平和主義者で、隣国とのトラブルなどない。

 平原が緩衝地帯になっているし、過去においてこの町はいたって平和だった。

 今は、疫病で大変な事になっている。

 この町を収める国の救助はあるものの、疫病の勢いが凄まじくて

、対処が後手後手にまわっている。

 私達が魔王ルシファーの一行と知っているのと、救援物資が届けられていた事もあって、非力ながらも少しばかりの歓迎会が準備されていた。

 だが、ルシファーと黄麒麟さんは「そんな事より、早く病人に合わせろ」国の担当者をしかりつけた。

 慌てて医療班の責任者がやってきて、私達は収容施設へと案内された。

 

 ベットは圧倒的に足りておらず、半分以上の患者が床に寝ている。

 薬も底をついているよ。

 あちこちから苦しそうな呻き声が聞こえてくる。

「エポナさん、頼みますよ」

 黄麒麟さんが一言いうと、待ってましたとばかりに分身をドンドンつくり始めた。

「はい、はい、はい」

 夕べ作っておいた薬の瓶を、次々分身に渡していく。

 これを受け取ると、分身は病人を順番に周り、わずか二十分程で隔離施設の患者全員に薬が行き渡った。

 この様子を見て一安心した私達は、町長に案内されて街はずれの共同墓地に向かった。

 

 小高い丘の上、無数に並んだ墓標は、今回の疫病で起こった惨劇を物語っている。

「悲惨なものだな」

 黄麒麟さんが、ルシファーと並んで墓標の波を見ている。

「セクメントの攻撃がなければ、もっと早く対応できたのですが、残念です」