私立異世界博物館付属図書室所属・異世界司書の菜花奈都姫さんは、今日も元気に出張中。

https://mypage.syosetu.com/787338/

【小説家になろう】にて連載中】

 

 

 23 可愛い黒猫は魔王ルシファー

 

 言い終わった途端、みなさんサーッと消え去ってしまった。

 やる事があるのは分っているけど、片付けていけや。

 あっ! 刀だわよ。

 刀、誰が受け取るの。

 やっぱ、私しかいないよね。

 あと三十分、待てなかったかなー。

「出来たよー」

 ほら、噂をすれば影。ティンクが転移してきた。

「えっ、もうみんな帰っちゃったのー」

「ええ、緊急の用事ができて」

「ふーん、出発日の連絡はあったけどさー。そうだ、出発まで私ここに居て良い?」

「どうして」

「ごちそう、食べてないもの」

 気持ちは分からないでもない。

 親睦の意味もあるし、良しとするか。

「いいわよ」

「ありがとう。じゃあ、これ食べていいよね」

「どうぞどうぞ、存分に」

 ちっちゃいから、そんなには食べられないでしょう。

 

 どこにそんだけ入るんだよ。

 炬燵台いっぱいに出されていた御皿が、綺麗に片付いていく。

「助かりますわー」

 エポナさんが喜んでいる。

「そうでしたわ、帰る前に経理課に寄ってくださいって、シェリーさんが言ってました」

「はーい」

 

 自分の家に帰る途中、経理課に寄ると一年分の給料が用意されていた。

「タイムカードを押す前に、お給料を受け取ってくださいね。今回だけの特別措置ですけど」

 シェリーさんから、給料袋と一緒にカレンダー付の大きな目覚まし時計を渡された。

「記念にどうぞ、きっと役にたつわよ」

「どうも」

 まだ満期には随分と日数があったのに、一年分の給料と交通費が支給された。

 タイムカードは【出17:00】になっている。

 まあいいか。

 

 忘れるといけないので、瞬間移動を使って東京駅でチョコレートを十箱ばかり仕入れた。

 

 半年以上たっているから、家の改修も随分進んでいるだろうと‥‥家がまだある。

 まったくの手付かず状態で残ってる。

 また騙された!

「まだ一日目ですから、こんなものですわね」

 エポナさんが後ろから声を掛けてきた。

「一日目?」

「はい、シェリーさんからいただいた時計を御覧なさい」

 何だ? 

 講習初日から、まだ一日しかたってない。

 もういーくつ寝るとー、お正月~。

「博物館の世界では一年でも、こちらでは一日になってしまうのです」

「ドドド、どういう事ですか」

「時間のズレというか。基準の違いといいましょうか。館長の独断というべきか。いずれにいたしましても、出張中は向こうでどれだけ日数が経っても、出発してから帰還までを一日として計算しますの。タイムカードは、定時入の定時出になります」

「はあ」

 極めて難解な発言である。

「何年かかっても一日ですか」

「はい。ですから、出張先での費用は一切合切博物館持ちで、出張手当も出ますの。あと、異世界司書には出張先でのアルバイトが認められていますわよ。これが、やり方によっては給料よりもずっと稼げますの」

「はは、希望者が少ないの納得です」

「いいえ、希望者はとても多いですわよ。皆さんの憧れの職業ですわ。異世界司書は、回収案件を常に一人一億件ほど担当してますから、仕事にあぶれる事もありませんし」

「司書が図書室にいない理由も、今の説明で分かりました」

 すると、エポナさんが「いえいえ、司書は図書室に大勢いましてよ。異世界司書がいないだけです」

 異世界博物館、仕事に対する感覚が私とは大幅に違っている。

 

 二日間の準備期間なんてあっという間だ。

 今回の初仕事は、黄麒麟さんの急ぎ具合からして何日間かでどうこうできる案件じゃないようだ。

 エポナさんの話から推し量れば、一年も二年もかかる可能性だってある。

 そんな長期の出張に供えるとなると、いくら衣食住の面倒は博物館が現地で手配すると言っても、使い慣れた日用品だけでも大変な量の荷物になる。

 加えて、異世界の食べ物にはゲテが多くて、長期間となると途中で挫折しそうな食材ばかりだ。

 できるだけこっちの食べ物で、日持ちするのを大量に仕入れたい。

 商店街と家をトラックで何度も往復した。

 商店街の人達には「冬眠でもするのか」と冷やかされる始末だ。

 エポナさんのクローゼットやガレージも使って、どうにかこうにか準備を整えた時には、出発前日の夜になっていた。

 

 出発の日。

 予定の時間より一時間ほど早めに図書室に入る。

 まだ誰も来ていない。

 ポツリと椅子に座って待っていると、館長がやってきて白い空気の渦巻を支給してくれた。

「何ですか、これ」

「旅行鞄です。中には出張中に必要になるだろう支給品が色々と入っていますから、持って行ってください。初仕事で緊張もするでしょうけど、もう少し肩の力を抜いて行かないと体が持ちませんよ」

「私ったら、はたから見ても分るほどガチガチですか」

「はい、それはもう。張り詰めたオーラがダダ洩れ。緊張感垂れ流し状態です」

 すると、エポナさんが私の頭に手を乗せ「これをやるといいですわ。痛いの痛いの痛ーい」すりすりと二度三度撫でる。

 頭痛くなって来たわ。

 出発の五分前になると、しずちゃんがだらだらやって来た。

 肩の力どころか、全身の力はもとより魂まで抜けたようにリラックスしている。

 行先は随分と切迫している状態だと聞いているのに、慣れとは恐ろしいものだ。

 

「皆さん、準備は宜しいですね。では転送します」

 大きな魔法陣の中に入った私達は、あっという間に目的地に飛ばされた。

 転送されると、そこはやはり大きな魔法陣の中だった。

「魔王様、成功です。召喚獣が現れました」

 転送された場所では、召喚の術式が行われていた。

 儀式の最中へ降り立ってしまった。

「愚か者。今現れた者達をよく見よ。召喚獣などではなかろう」

 声のするその先には、まだ産まれて一ヶ月程の黒い子猫が座っている。

「これは黄麒麟様、よくおいでくださいました。御見苦しい姿での謁見を御容赦ください」

 黄麒麟さんの知り合いか。

「エポナさんも来てくれたんですね。とすると、その娘が奈都姫さん」

「はい、お久しぶりでございます。今回はよろしく御願いいたします」

「こちらこそ」

 

「可愛い黒猫、知り合いなんですか」私が囁くと「黒豹で御座います」エポナさんが訂正してくれた。

「ルシファー、久しぶりだわね。どうしたのそんな情けないなりしちゃって」

 しずちゃんがやけに挑発する。

 ルシファー?

 あの子、魔王ルシファーなの。

 ひょっとして今のしずちゃん発言て、喧嘩売ってるのかな。  

 そんな事してる場合じゃないと思うけど。

「やあ、しずちゃんも来てくれたのか。胸が無駄に大きくなったんじゃないかい。それより頭を育てなよ、相変わらず小さい脳みそのままなんだろ。それとも、酒の飲みすぎで脳は石化してしまったかな」

「まあまあまあ、二人ともいい加減にしないか。言い争っている場合じゃないだろ」

 二人の間でバチバチしていた火花を、消しにかかったのは黄麒麟さん。

「申し訳御座いません。ここ五年ばかり何も口にしていないもので、少々気がたっておりました。以後気を付けますので、どうかお許しください」

 魔王、やけに低姿勢。

「召喚の儀式をやっていたのなら、魔導書はこちらにあるのだな。なっちゃん、ちょいとその本を鑑定してくれるかな」

 黄麒麟さんが、石の台座に置かれた本の方に向いた。

「これですか。鑑定」

 

 鑑定

【魔導書もどき

【コピー

【複製

【偽物

【使えない奴

 

 好きでフェイクに産まれたんじゃないのに、なんて言われ方なんだ。可哀想。

「しっかり偽物です。複製品です。使えない奴です」

「やはり、この様な物まで持ち出すとは、よほど困っているようだな。ルシファー」

「はい、外を御覧ください」