悟りとは、一言でいえば
「人間のあり方」に気づくことだと言えよう

我の名などどうでもいいが、ゴスと名乗っておく。
悟りの一歩寸前まで到達した者だ。


さて、さっそく話を始めよう

我々が知り得る感覚には、深さがある
世界のルール、悟りを知るためには、いくつか超えなければならない段階がある

そこにたどり着くまでに、色々なことがわかってくる。

まず、感覚の違い
それを突き詰めて行くと進化の過程に気づくだろう

最終的には宇宙、次元の存在、、、

ふふふ、信じられないだろう。
面白くなってきたかな?

ここで話してしまっては、後の楽しみがなくなってしまう
それに理解もし難いはずだ。

そうだな
今回は、「原始の感覚」について話そう



原始の感覚とは
人が、気持ちよさを求めた結果、優先される行動のことである。

今回はそのうちの一つ
「注意散漫」について語ろう。


おっと、君等は
「おいおい、原始の感覚の一つしか説明しないのか
そんなんじゃ、いつになったら次元の話に行くんだ?気が遠くなるぞ」

こんなことを考えたんじゃないか?

そう思うのも無理は無いが、「注意散漫」は悟りを得る上でかなり重要な感覚だ


注意散漫
対になる感覚として、「集中」がある

原始の感覚は基本、対になる感覚とセットで説明ができる。


「注意散漫」は原始の感覚。 つまり快楽を求めた末優先される感覚。
「集中」はその逆。快楽と対極をなす感覚だ。

この、原始の感覚とは反対の感覚を「進化の感覚」と呼ぶ

このネーミング、「進化」という単語が出てきたね
人間は、原始の感覚を抑えた者程、進化した人間と言えるんだ。


第一回目だから、いくつか重要な単語が出てきたね。
続きは次回。
今回のこともまとめて、わかりやすく説明していくよ

お楽しみ