《突破する力》
朝日新聞に、毎月二回「突破する力」(Break-through)という特集が組まれている。これには、現在の日本を取り巻く不況を「突破している」人たちが取り上げられている。彼らは、壁を破って進むために、どんな力を頼みにしているか、というのが特集の趣旨である。編集部で、自己評価の観点を10項目選び、その重要さに応じて回答者が順番をつけるものである。これまでのアンケート対象者47人(2010・12・19)の集計によると、上位に選ばれた項目の集計ランキングは、1位〈集中力〉、2位〈決断力〉、3位〈行動力〉、4位〈体力〉、5位〈運〉、6位〈持続力・忍耐力〉、7位〈独創生・ひらめき〉、8位〈分析力・洞察力〉、9位〈語学力〉、10位〈協調性〉の順になっている。
回答者によっては、この10項目以外の項目を取り入れている人もある。小澤征爾はこのアンケートを受けていない。したがって、彼がどういう順位をつけるか分からない。そこで、無謀ではあるが、このテキストから類推を試みることにしたい。
順番はさておいて、彼には〈決断力〉、〈行動力〉の強さが光っている。〈運〉、〈持続力・忍耐力〉、〈独創生・ひらめき〉、などが必須な項目としてあげられる。これらの力はたくましい〈体力〉にささえられていることも見逃せない。
しかし、これまで見てきたことを総合すると、これら以外に、未知のものに向かったときものおじしない〈自信〉、あるいは、音楽や人と一体化する〈共感する力〉、〈感化力〉、人を引きつける〈牽引力〉、包み込んでいく〈包容力〉などの力も、彼の人生を輝くものにする大きな力として彼を支えていることがわかる。
2011年1月10日の特集に取り上げられた音楽家、村松崇継は小澤と同じ世界で活躍する人物である。彼は、1番に〈自分を信じる力〉を入れている。この項目は小澤にも当てはまるものであろう。
《共に生きているのだ》
大江健三郎は「どうして生きてきたのですか?」という文章を、2000年の秋に発表している。この文章の末尾に、一夏、小澤征爾と過ごした長野県の高原での体験が述べられている。 *大江健三郎『「自分の木」の下で』(朝日新聞社・2001)所収
「私が小澤さんの指揮による、若い演奏家たちの練習を聴き、また見もして感動したのは、そこにエラボレーションのすばらしい実例があるからでした。まだ少女のようなヴァイオリンの弾き手、ヴィオラやチェロの若い弾き手たちと、四重奏の演奏をしては、中断し、どのように音楽を作りたいかを考え、そのためにどのように弾き、また仲間たちの音をどのように聴くかを、小澤さんが、本当によくわかる言葉と表情、身ぶりで導いてゆきます。生徒たちはしっかりとした技術と練習の積み重ねでそれについてゆき――自分で作りだし――ついには、さっきより優れたものとわかる音楽を仕上げてゆきます。
それを見守りながら、かつ音楽を楽しみながら、私にはこの若い人たちの人間そのもの、人生自体がエラボレーションをひとつ達成する、その大切な時に立ち会っている、という思いもしたのでした」(p.30)*elaboration=入念に作る(仕上げる)こと。労作。
「私は、小澤さんが、自分の心臓の鼓動がとまった時、これらの若い人たちの胸に新しい命がやどって動き続けるようにと、それを心からねがって教えている、と思いました。もう時間がない、セッパつまった気持ちなんだ、とも小澤さんは言いました。もともとヨーロッパの人間の作り出した音楽を、日本人が世界的な水準で自分のものとしてしまい、ヨーロッパの人たちにも認めさせた、その最初のひとりが指揮者小澤征爾です。かれは、それを若い人たちにつないでゆきたいと思い立って、働いているのです」(p.31)
大江健三郎は、「人間は、何故生きるのか・どのように生きればよいのか」について、この文章で考えている。その答えを、彼は「小説を書く」という行為によって、自分の命を後世に伝えるというところに見出したと書いている。
小澤征爾は、「音楽を作り出す(演奏する)」という手法の中に、自分の生き方を託し、若い人たちに伝えようとしている。ここに大江健三郎のいう〈エラボレーション〉という営みがある。それは、上から教える(添削)でもなく、指示することでもない。共に手を取り合って、人生という作品を一緒に仕上げようとする営みである。
小澤征爾の指揮の核心は、指揮者とそれに共鳴するオーケストラの団員との〈エラボレーション〉を生みだすことにあったのだ。彼は、音楽を愛する視聴者、音楽を学ぼうとする弟子たちに対しても、この姿勢を忘れない。そのために彼は、自分を表現し、期待を持ってやってくる多くの人たちに向かって〈共生感〉=共に生きているのだ、という一体感を感じさせ、相手との結びつきを生み出している。
彼の指揮棒は、楽団員に向けて振られているのであるが、背後にいる客席の人々に対しても、見えない目線を贈りながら指揮し、聴衆を巻き込んでいるのである。
『ボクの音楽武者修行』は、小澤が二十六歳のころに書かれたものである。そこに述べられている考え方や行動は、後年の偉大な指揮者(マエストロ=巨匠)の萌芽を随所に伝えているようである。
(2011.3.1)
