本日の読書感想文



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脳の闇

中野 信子


感想 

筆者は、好きな番組の一つである「英雄たちの選択」に時々出演されている脳科学者の中野信子氏。


扉の裏には


『ぶれない人、正しい人と言われたい、他人に認められたい・・・・・


集団の中で、人は常に承認欲求と無縁ではいられない。


ともすれば無意識の情動に流され、あいまいで不安な状態を嫌う脳の仕組みは深淵にして実に厄介なのだ


ー自身の人生と脳科学に知見を通して、現代社会の病理と私たち人間の脳に備わる深い闇を鮮やかに解き明かす。


五年にわたる思索のエッセンスを一冊に凝縮した、衝撃の人間論!』


とある。


「はじめに」で筆者は


『本書は表面だけ読んでもそれなりに読めるようにはしたつもりだが、本意は声にならない声を聞くことのできる人だけが読めるように書いた。』と書いている。


また、「あとがき」では


『この本は、バカには読めない本になってしまった。


言い訳させてもらいたいが、私は特にバカであることを悪いことだとは思っていない。が、個人的には嫌いだ。


可能な限り、関わり合いにはなりたくないと思っている。


その意味ではバカに読めない本というのは理想通りと言えば理想通りである。


バカにできるだけ見つからないように仕事をしてきたつもりでもある。


バカはとりあえず褒め殺しておけば遠ざけることもできる。


本当に尊敬している人のこともほめるから、これは見分けがつかないという点で便利な方法だ。』


辛辣だな、と思う。


表面だけしか読めていないと思うが、共感できる点や、納得できる点なども多く、面白かった。


たとえば、第二章の「脳は自由を嫌う」。


『そもそも脳は、怠けたがる臓器である。


脳は、人間が身体全体で消費する酸素量のおよそ4分の1を使っている。


そのため人間の身体は本能的に脳の活動量を抑えて負荷を低くしようとする。


ところが、「疑う」「慣れた考え方を捨てる」といった場面では脳に大きな負荷がかかるのだ。


自分で考えず、誰かからの命令にそのまま従おうとするのは、脳の本質ともいえる。』


誰もが本心では、だれかに意思決定をゆだねたいと思っている。


ほしいのは自由ではなくて、自分で決めているという実感だけだ。


それができれば責任は負いたくない。


人間は、本質的には自由を回避していながら、それでも自由を求め続けるという葛藤状態のまま生きている。


『人間は誘惑に弱く、欲深く、愚かで、忘れっぽい・・・・。そのほうが生き延びる力が高いということは十分あり得ることだ。』


『選択する、ということは選択した以外の選択肢をすべて捨て去る、ということだ。


つまり、選択肢が多ければ多いほど、後悔も大きくなるという帰結が待っているのである。


不定という解の、この居心地の悪さに、人間はどこまで耐えられるのだろうか。


できれば、こんなことには思いを巡らせず、楽観的に物事を見、直感的に行動し、すべてを忘れ、都合が悪いことは誰かのせいにしていきたい・・・・。


人々の発言を見ているとそういう人が大多数であるように思える。』


『人は「大きな体の人」が「大きな声」で「自信たっぷりに話す」ことで、いとも簡単にその人の話を信用してしまうことがわかっている。


実際に心理学の実験で、グループのメンバーにリーダーを選ばせるという実験をしてみると、論理的に話す人ではなく、声が大きくて身体が大きく、確信をもって話す人が選ばれるという結果が出ている。


逆にとりわけ顔が見えるグループの中では、根拠を持って論理的に話す人はむしろ煙たがられる傾向がある。人間はかくもあいまいで騙されやすい存在なのだ。』


『日常的な場面では、人は最も身近でよく見聞きしているような言説に好意を持つようにできている。


それほど、脳は自分の能力を使いたがらない。


その情報が正確かどうか、精密かどうかを吟味しているような時間もないし、労力をかけているエネルギー的な余裕もないからだ。


自分がすでに保持しているような心的イメージに類似したものが見出せさえすれば、それによって相手に対する好意的な評価をいとも簡単に下していってしまう。


こうして簡易的な処理が何層にも重なって独り歩きしたものが、社会通念であったり、ステレオタイプであったり、認知バイアスであったりする。


これらが中立であるなどと果たしていえるのだろうか?』


声の大きい人が・・・は、実感としてよく思ったことだ。