今は昔のこと、文徳(もんとく)天皇がおかくれになった時に、御陵(ごりょう、天皇の墓)の土地を選定するために、大納言の安部安仁(あべのやすひと)という人がその任に当たった。多くの家来を引き連れて、その場所におもむいた。
その時、滋岳川人(しげおかのかわひと)という陰陽師(おんみょうじ)も同行した。川人は陰陽道において、いにしえにもその比を見ぬほどの大家で、当時世に並びもなかった。
この川人が、御陵の選定も終わって帰り道に、深草の北を行きながら、大納言のそばに馬を近づけて、何やら言いたげな様子であった。そこで大納言が耳を寄せると、ひそひそ声でいった。
「わたしは、長年曲がりなりにも、この道にたずさわって、朝廷にお仕えしてまいりましたが、いまだに誤りを犯したことはありません。ところが今度は大失態を犯してしまいました。今ここに、地神(じがみ、土の神)が追いかけて参ります。これはあなた様とこの川人が罪を犯したからでしょう。いったいどうなさいますか。とても逃げることはできないでしょう」とひどく心配そうに告げた。
大納言はぞっとして、何の分別も湧かず茫然となってしまった。川人は「とにかく、手をこまねいているわけにはまいりません。なんとか身をかくす手立てを考えましょう」といい「あとから来る者はみな先に進め」と命じて、ふたりだけ後に残った。
そのあいだに日はとっぷりと暮れた。大納言と川人は馬から降りると、乗っていた馬を前へ走らせ、ふたりだけ田んぼの中に留まった。川人は大納言を座らせると、田んぼに狩りとって積んである稲を運んできて、大納言の体が見え案くなるまでで積み重ねた。そして小さな声で呪文を唱えながら、その周囲を何度もめぐってから、稲の山を押し開いて中に入り、大納言に準備が終わったことを告げた。
こうしてふたりは、ひっそりと音もたてずにうずくまっていたが、やがてしばらくすると千万人の通るような足音が次々と起こった。そのうちすでに通り過ぎたと思われていた足音が、たちまちまた戻ってきて大声を上げるのを聞くと、人の声に似ているようでもこの世のものとは思われぬ怪しい声音だ。
やがてその主が「確かこの辺まで来て、馬の足音が軽くなったはずだ。みなみな、この辺りに集まれ。土の下、一、二尺ほど掘り下げて、入念に探してみよ。逃げおおせるわけがない。しかしあの川人という陰陽師は、いにしえの陰陽師にも劣らぬほどの術の使い手、姿が見えぬよう、何やら細工をしたと見える。このまま逃がすようでは一大事、くまなく探してみよ」と命令した。
しかしどうにも見つからないと口々に騒いでいると、主が「どうしようと隠れおおせるはずがない。きょうは上手く隠れても、いつかは必ずあいつらを見つけ出さずにはおかぬ。
今度の十二月の大晦日の夜なかには、世界中の、土の下であれ、空の上出あれ、目に付くところはどこであろう探し尽くす。そいつらは隠れおおせるものではない。だからその夜は皆集まってこい。こうして探しだそう」と掛け声を上げると足音はすべて遠ざかっていった。
辺りが静まり返ってから、大納言と川人は、稲の中から姿を現すと、走って逃げた。大納言は気もそぞろに「これからどうしたらいいいのだろう。言っていた通りに探されたのなら我々は到底逃げられない」という。
川人は「いや、やつらは大晦日の夜中といっていた。それを聞けたのが運と言うもの。その夜は二人でうまく隠れましょう。大晦日になってから詳しいことを申し上げます」と川人は大納言に力をつけてやり、ふたりは河原に待っていた馬のところまで歩いて行って、それから別々に帰っていった。
やがて大晦日の日が来た。川人は大納言のもとに出向くと言った。「決して人に気取られぬようにして、ひとりで二条と西の大宮大路との辻に、暗くなってから来てください」と伝えた。
大納言は聞いたとおりに、暮れ方の人々が忙しげに雑踏する間を縫って、ただひとり約束の場所へ向かった。そこには川人が待ちかねてたたずんでいた。ふたりは連れたって嵯峨(さが)寺へ向かった。
嵯峨寺に着くとふたりは御堂の天井の上に登った。川人は陰陽道の呪文を唱え、大納言は三蜜の行(手に印を結び、口に真言をズし、心に本尊を感じる)を修していた。
そのうちに、いつしか真夜中になり、気味の悪い、異様なにおいのする、生暖かい風が吹き渡った。そのうちまるで地震のように、地響きがして何ものかが過ぎて行ったから、ぞっとしてじっとうずくまっていると、やがて時が過ぎて鳥が鳴いた。
そこで天井を下り、まだ朝になっていなかったが、ふたりともそれぞれ家に帰った。別れ際に川人が大納言に言った「今はもう恐れることはありませぬ。しかし、これほどの災難も、この川人なればこそ、どうやら逃れることができたのですぞ」といって去っていった。大納言は川人の後姿を拝んで家に帰った。思えば、この川人という人は、実に驚くべき陰陽師であった、という話である。
(巻24第13話)