今は昔のこと、九州のある国に住んでいた一人の男が、合婿(あいむこ、妻の姉妹の夫)の男と双六(すごろく)をして遊んだ。この男は、きわめて勇猛な男で、いつでも、弓矢を得意然と持ち歩いているような武士である。合婿のほうは武芸とは縁のない、とおりいっぺんの男であった。



ところで、この双六(すごろく)というのは、もっぱら口論を伴って、やいのやいのと言い争うものである。この二人も、さいころの目がどうのこうのと言い争ううちに、取っ組み合いの大喧嘩となった。

武士のほうは、合婿(あいむこ、妻の姉妹の夫)のもとどり(髪の毛を頭の上に束ねた所)をつかんでねじ倒し、前に挿した短刀を引き抜こうとしたが、この短刀は鞘(さや)につけたひもをそのまま帯の革緒(かわお、革で作ったひも。太刀などをつける)にしっかり結びつけてあったから、片手でいそがしげにその結び目を解こうとした。

合婿はほどかれてはたまらないから、懸命に短刀の柄(つか)にしがみつく。

本来すこぶる力の武士であるが、しがみつかれてはどうにも短刀が抜けず、むなしくもみ合うばかり。そのうちに武士は、そばの引戸に包丁が挿してあるのをちらっと見て、相手のもとどりを引っ掴んだままそっちのほうへ引きずって行く。

もとどりをつかまれた合婿は引戸まで行ったら百年目、必ず突き殺されよう、断じて引きずられてはならない。と無我夢中で抵抗する。

ところで、この家は合婿の家で、今しも、下女どもがおおぜい、酒を造る粉をつきながら、ぺちゃぺちゃおしゃべりをしていた。

合婿は、どんなに頑張っても頑張りきれず、ずるずる引きずられていくばかりなので、とうとう大声を上げて「助けてくれえ!」と叫んだ。

その時、家の中には、男手が一人もなかったが、粉つきの女どもが、この声を聞きつけて、杵(きね)を手に、走ってその場に駆けつけると、大事な主人がもとどりをつかまれて、今にも殺されそうな有様。

一人が「あらたいへん。殿さまを殺そうというんだわ!」と叫んで、手にした杵(きね)で、主人に馬乗りになっている武士の男に、一打くらわした。頭を強く打たれて、仰向けにひっくりかえる武士を、寄ってたかって女どもは、ぶちのめしたから、武士はあえなく最期を遂げた。合婿は、そこでようやく起き上がって助かった。



後には、お上の沙汰もあったろうが、どうなったのかはわからない。合婿は、この武士が相手では、とうてい勝負になんか、なるはずもないのに、武士は、ふがいなくも、下女どもに打ち殺されたのであるから、聞く人は、あきれかえって評判した、という話である。

(巻26第23話)