今は昔のこと、西の京のあたりに、ふたりの兄弟が住んでいた。父は早くに亡くなり、年老いた母がひとりあった。兄のほうは、ある屋敷に侍として仕えていた。弟は、比叡山の僧であった。

その母が病の床にふして、長くわずらっていたので、ふたりの子は西の京の家で、この母親の看病に努めた。そのかいあって母の病は小康を得たので、弟の僧は三条京極のあたりに住む師匠の僧のところへと外出した。



ところがその留守中に、母の病が急に悪くなり、今にも死にそうな心地がしたので、そばで介抱する兄に向って母が言うには、「自分はどうにもおぼつかない。どうせ死ぬのなら、あの子の顔をもう一度見たい」と頼んだ。

しかし、兄は、「もう夜もふけました。従者もいないし三条京極あたりは、ここからずいぶんと離れています。明日の朝呼びにやるのではどうでしょう」と言った。

しかし、母はきき入れず「とても今夜を生きのびるはずもない。あの子に会わずに死ぬのは口惜しいかぎりです」と言って、弱々しく切なげに泣いた。

すると兄も、「それほどにまで、思い詰めていらっしゃるのであれば、引き受けました。たとえ夜中でも、命をかえりみずに迎えにまいりましょう」と言い切るや、三本ばかりの矢をもって、ただひとり家を出ると、大内裏の裏道りを通って出かけて行った。

冬のころで、木枯らしが寒く吹きすさぶこと、恐ろしいとも何ともいいようがない。月もなく真っ暗闇で何一つ見えない。応天門と会昌門(かいしょうもん)との間を通り抜けるところでは、恐ろしさで、見もすくむほどの思いだったが、じっと我慢して一心に走り過ぎた。

さて弟のいる坊に行き着いて尋ねてみるとその坊さんなら今比叡山に登った、という返事なので、しかたなくまたもとへ戻ることにした。

走って帰る戻り道には、また応天門と会昌門とのあいだを通り過ぎねばならなかったが、今度は前よりもいっそう恐ろしい。急いで駆け抜けようとして応天門の上の層をを見上げるとそこに真っ青に光るものがある。

暗いから何ものとも見分けられないがねずみのような声でしきりに鳴き、あげくに気味の悪い声で笑った。頭髪すべてが逆立つようで今にも死ぬかと思ったが、なに狐だ狐だと考えて一心に西のほうに向けて走っていった。

豊落院(ぶらくいん)の北側にある野原のあたりまで行くと、今度はまん丸いものが遠くで光っている。手にした弓に鏑矢(かぶらや)を一本つがえ、その丸い光り物をめがけて射ると、当たったとみるまに消えうせた。

そこでまた一心に走って、西の京の自分の家に夜中過ぎに帰って来た。あんまり怖がったせいか、そののち熱を出して数日寝た。



思うに、どんなにか気味が悪く恐ろしかったことであろう。だが「それはきっと狐のしわざであろう」と人々は噂した、という話である。

(巻27第33話)

狐の化身と噂されたという怪異譚