12daaf15.jpgアメリカの作家ダン・ブラウンの小説「ダ・ヴィンチ・コード」がベストセラーに なったことをきっかけに、ダ・ヴィンチの代表作「モナリザ」に関する関心も、このところ急に高まり、多くの関連図書が出版されてますよね


「モナリザ」には謎が多く、絵画としての評価のみならず、その不可解さや神秘性が、人々を惹き付けているという側面も多々あるでしょう。モデルは一体、誰なのか。なぜ眉毛が描かれていないのか。肖像とはマッチしないようにも思える背景は、何を意味しているのか。顔の左右が微妙に違うのは、なぜなのか。ダ・ヴィンチ自身が、この絵を自身の最高傑作として終生手放さなかったのはなぜなのか。


小説「ダ・ヴィンチ・コード」の中でも、「最後の晩餐」、「モナリザ」、「岩窟の聖母」について、著者は、作中人物の言葉を借りて独自の視点からの解説を加えています。その視点とは、「ダ・ヴィンチは、男性が女性よりも優るとした近代の宗教思想に与せず、男女は原初において一体であり、むしろ女性こそが聖なる存在であるとする女神信仰を信奉していた」との主張です。そしてその考え方に基づき、「モナリザ」について、主人公に、この様に解説させています。「ダ・ヴィンチの意図がなんであったにせよ、<モナ・リザ>は男性とも女性とも言いきれません。両性を備えたかのような微妙な趣があるんです。男女の融合というか」。


謎に満ちた背景には、何が隠されているのでしょうか。
一見、風景画に見える中に隠されたシンボル。何と大胆なことに、ダ・ヴィンチは、それぞれ男性器と女性器を象徴する具象を、背景の中に描き込んでいたのです。しかも、左右を入れ替えた絵の中で、それらは、しっかりと向き合っています。これは、ダ・ヴィンチが、こっそりと私たちに送ったヒントなのかもしれません。


モナリザの顔の左右の違いについては、以前から指摘されていたにもかかわらず、なぜ今まで、誰も左半身の男性に気がつかなかったのでしょうか。
ダ・ヴィンチは、極めて巧妙に左右の男女を一人の人間として融合させたのです。おそらく、モナリザに眉毛が描かれていないのは、ダ・ヴィンチの苦心の現れだと思われます。眉毛を描くとなると、どうしても男女差が出てしまいます。
今回、偶然目の少し上の所で絵を切り取ったために、私たちの脳の中では、それぞれの顔に相応しい眉毛と額が合成され、それぞれを男性と女性として認識できるようになったのではないかと思われます。


何故ダ・ヴィンチは、この様な不思議な絵を描いたのでしょうか。
おそらく、小説「ダ・ヴィンチ・コード」の著者が指摘するように、ダ・ヴィンチは、男女の交わりを神聖なものと考えており、男女の区別がない、男女が融合した肉体こそ、完璧な人間の姿であると考えていたのでしょう。
モナリザは、この様な融合の美を、抽象的にではなく、右半身と左半身という具象をもって表現した、極めて完成度の高い作品だったのです(・ ゝ・)



今日、ダヴィンチコード、ミステリーをTVでやってて見てたら、色んな仮説とか出てきて
奥が深くて面白かったなぁ~(゜▽゜*)
ますます、映画観てみたくなったo( ̄∇ ̄o)))))