上京して良かったことがあります。
それは、それまでうまく隠されていた“私自身の”借金の滞納が、
引越をしたことにより、私の家に督促状として届くようになったことです。
どういうことか。
母は、家計が火だるまだった時、父や自分の名前ではもう借金をできないことに気づき、
私に内緒で、私の名義でカード会社などから借金をしていました。
思い返せば大学時代、
「ちょっと免許証貸してくれる?」と、何度か母からお願いされた記憶があります。
もちろん、人の名前で勝手に借金をされるなんてことを想像もしていない私は、免許証をかしていました。
それにより母は、幾つかのカード会社からトータル120万円程度の借金を私名義で行い、
一銭も返済を行いませんでした。
私が上京する際、父は言いました。
「俺のせいで、娘のお前に迷惑がかかってるかもしれないから、祖母の戸籍に入れて養女にして、苗字を変えてあげる。そうしたらカードとかを作るときも支障がないと思うから」と。
この時、母から私の名前を使って、無断で借金をしたことを知らされていたのかは定かではありません。
ただ、祖母の戸籍に入り養女となり、姓が変わったはずの私は、
カードを作ろうとしても一向に審査を落とされ続けました。
なぜなんだろう?とずーっと不思議に思っていましたが、
新居にカード会社から督促の通知がくるようになってはじめて、事実を知りました。
中には滞納してからもうすでに1年近く経過しているものもあり、
差し押さえ処置をとるという内容もありました。
カード会社に「私は借りた覚えがありません。返せません」といっても、私名義で私の免許証が提出されている以上、言い逃れはもはやできません。
母にその事実を伝え、「なんてことをしてくれたの!?これ以上差し押さえなんてされたら私はいけていけない」と訴えましたが、
「ごめんなさい。なんとかするから」というばかりで、結局彼女が何かしてくれることはありませんでした。
「自分の本当の子供じゃないから、こんなことができるんだろうな」と、その時こそ痛感したことはありません。
げんに母は、自分の実の子である弟に、父が手をあげようものなら全身で庇い、
高校生になろうとする弟の送り迎えやお弁当作りを健気にほぼ毎日行い、
もちろん弟の名前でお金を借りるようなことは断固としてしなかったからです。
あまりに理不尽で、殺してやろうかとすら考えたこともあります。
そのくらい私の中ではもはや、ぐちゃぐちゃで真っ黒な感情がうずまいて、
どうでもよくなっていました。
しかし、そんな中でも、いまだ薬を飲み続け精神不安定な父のために、
祖母や母は毎日気を遣い続け、
祖母や父の誕生日には私を呼びつけ、誕生日会や家族行事に強制参加させました。
うわべだけの「仲良し家族ごっご」です。
祖母はもちろん働いていません。
お金は周りの人にうまく話をして借りて、自転車操業を行っていました。
母はというと、パートに出ては、
「帰宅時間が、当初の話と違う!」
「そんな時間働いて、それっぽちの給料しかもらえないなら働きにいってんじゃねえ!」
などと父に暴言をはかれ、勤めると辞めるを繰り返していました。
父は変わらず、過去の栄光が忘れられず、
人に頭を下げることもできぬまま、保持した車を手放すこともなく、日々我儘を言い続け、
まともな職に就くこともなく、日々人に迷惑をかけ散らかしていました。
精神障害認定をされていることをいいことに、生活保護を受け、それでネットショッピングなどをし、生活費は祖母に工面してもらっていました。
私は何度、工事現場でもいいから、一生懸命働いてほしいと思った事か。
そんな思いもむなしく、うわべだけの家族ごっこは続いていきました。