最近の育児は、叱らない育児、諭す育児なんていうのが当たり前で、言う事を聞かなかったからといって叩いたり、小突いたりするなんていうのは虐待になってしまう世の中。
暴力での躾は、恐怖政治でしかない。
私もそう思う。
私の育った時代は、体罰なんて当たり前。
ごくごく普通の光景だった。
学校の教師ですらそうなのだから、暴力は時に必要なアイテムだと正当化されていた。
家は商売をしていた為、私が通っていたのは幼稚園ではなく保育園だった。
家業は朝10時半から、常連さんには銀座のクラブのママ達もいたので就業時間は決まってないようなものだった。
保育園へは朝、9時頃登園していたと思う。
当時、家業は順調で両親は忙しく朝食はスーパーなどで売っている菓子パンだった。
ただ、私の好きな物を用意してくれる事はなく
食パンにたっぷりとマーガリンが塗られその上から
上白糖がこれでもかと振りかけられている物だった。
普通の家庭なら、このパンをトースターで焼き
マーガリンと砂糖が溶け、こんがりと香ばしいトーストが出来上がるのだろう。
家は違った。
袋を開け、そのまま皿に乗せるのでもなく提供された。
私は、このパンが大嫌いだった。
ベタベタなマーガリンとジャリジャリの上白糖。
舌の上でいつまでも残るこの食感がどうしても好きになれず、朝から愚図ることになる。
そこで容赦なく制裁が加えられる。
叩かれるという表現は生易く、撲られるという表現の方が近い。
寒い中、裸で外に出されることも。
朝食だけではない。
食事の時間が一定ではないため、体内時計が定まらない。
食べたい時に食べられない、すると食が細くなる
細くなると、どうして食べないんだ!と鉄拳制裁
怒鳴り散らされ、撲られる
それでも食べられなければ、家から車で30分の林に捨て置かれる。
私にとって人生初の恐怖は、食事だった。