いまだに夏の気温を引きずっているかのように、暖かい10月だった。
いくら何でもこの時期に紫陽花やひまわりが咲いているのは奇妙もいいところだ。
それでも朝は冷え込んでいるのだが、それでもまだ冬の予感を感じさせる程でもなかった。
それなのに、月末になったある日、朝起きると周りが銀世界に変わっていた。急な事だったので、紫陽花やひまわりにも湿ったぐしゃりとした雪が積もった。
自転車で新聞配達をするしのぶにとって、これは雨よりタチが悪かった。初雪、といっても普通は早めの時期の雪は積もらないものだが、今回は10センチほども積り、ハンドルを取られながらの配達だった。
すっかり疲れはてて帰宅すると、せめて本格的に雪が降りだす季節になる前になんとか就職したい、と真剣に思った。
疲れてはいるが、とりあえず求人に目を通す。
大半の募集がアルバイト、パートだ。ギリギリまで本採用にこだわりたいとしのぶは思っているのだが、さすがに焦りが出てくる。
季節は変わっていく。しかし、物事はなにも進んでいないように思える。仕事も決まっていないし、例の出版社からも何も言ってはこない。
やはり、安易な事を考えていたのかもしれない。
自分に都合のいい様にしか考えていなかったのだろうか。
「あれ?」
いつの間にか、メールの着信が一件あった。昨日の夜に来ていたようだ。
送信先のアドレスは見覚えがない。しかし、しのぶははっとする。
急いで開くと、しのぶは瞬きを忘れ、釘付けになった。
『村田しのぶ様
先日は弊社出版の『主の棲む河』にご丁寧な講評、ありがとうございました。
今後参考とさせていただきます。
ところで今回の講評、作者のすずき創が大変気に行った様子で、直接村田様とご連絡を取りたいとの事でした。
もし、よろしければ先日
HPでご記入していただいたご連絡先をすずきに教えてもよろしいでしょうか。
個人情報ですので、こちらで勝手に教えるわけにもいかず、ぜひ返信を頂きたいのです。
また、ご住所、お名前等にお間違いがないか、再度確認させていただきたいので、弊社HPより、下記
のパスワードにて、アクセスしていただけませんか。
村田様にはお手数を取らせる事になりますが、ご協力いただきたいと思っております。
急なことではございますが、何卒、ご容赦くださいませ。
○○社 担当小林 』
すずき創が、直接・・・
待ち望んでいた返事だった。でもいざこうなると、信じていいのかと自身が揺らぐ。
何を言われるのか、と思えば身体が震えそうな程恐い。
どうして恐いのだろう。
奏なのだ、と確信しているのに。奏に会いたいと、そう思っているのに。
身をすくめて、自分の両肘を抱える。
ほんとに、本当に奏?
ごくり、と喉がなった。