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Palacio2021の備忘録

街歩きが大好きです。残しておきたいな、後からも読みたいな、と思ったものを載せています。

≪歴史的町名の通り名としての「復活」≫[活用策の例①]

 

 仙台城下では、道路の名称が住所(町名)としても使われていた。

 

 明治以前の記録には、例として「北五番丁木町通東へ○軒目北側(「北五番丁」と「木 町通」の角を東に入り○軒目の北側)」といった住所の表記が残っており、仙台においても京都の住所と類似した考え方が存在したものと考えられる。

 

 仙台において歴史的町名を通り名(道路の名称)として積極的に使用していくことも、 歴史的町名の事実上の復活と言えるとの観点から、以下の活用策を示すものである。

 

 【京都市の住所の例】 京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町 488 番地 (「寺町通」と「御池通」の角を北に入ったところにある「上本能寺前町 488 番地」)

 

 活用策

1.実施主体:行政

 (活用策)

 ・ 道案内機能を持つ標識の交差点への設置(例: 東西方向「○○町」、南北方向「△△丁」)

 ・ 上記標識の機能を補完するものとして、歩道面及び既存の案内板等への通り名の記載

 ・ 交差点名称(信号機への表示)への歴史的町名の活用(例:○○駅前交差点⇒△△丁交差点)

 

2.実施主体:商店街等

 (活用策)

 ・ 商店街名等への歴史的町名の活用

 ・ 通り名と店舗番号により商店街を案内する買い物マップの作成・配布 道路の標識、通り名、案内図などへの歴史的町名の活用

 

3.実施主体: 地域団体 NPO 等

 (活用策)

 ・ 歴史的町名を通りの愛称とする ・ 歴史的町名(通りの愛称)を記載した案内図や 町歩きマップ等の作成 

 

【道路標識等への活用のイメージ】

 

 《写真左上》交差点の通り名表示 (外国の例)

 

 《右上》交差点の通り名表示 (青葉区一番町)

 

 《左下》道路に埋め込んだ通り名 サイン〔萩市「筋名復活事業」〕

 

 《右下》旧町名を活かした商店街 案内板〔長崎市「旧磨屋町をゆっ くり楽しむ絵図」

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)16頁から転記〕

(4) 活用策の推進

 

 本委員会は、歴史的町名の復活を検討するために設置され、住居表示としての 復活についての検討を重ねてきたところであるが、検討の結果、復活の実現に向 けた取組みとして、また、住居表示としての復活に相当する効果を期待しうるものとして、活用策についての提言も行うこととしたものである。

 

 特に、通り名としての活用については、仙台において事実上の復活とも言える ものであり、積極的な展開を期待するものである。

 

 こうした活用策については、行政のみならず、地域団体や NPO、商店街など多 様な実施主体により展開されることが期待されるが、当初においては行政による 必要な支援が行われることが望ましいと考えており、行政に期待する基本的な考 え方は次のとおりである。

 

 ・ 歴史的町名の重要性について、広く市民からの理解が得られるよう取組むこ と。

 ・ 行政が自ら行う活用策については、既存の施設・設備・事業等を活用するほ か、新規に設置するものであっても改修・修繕等にあわせて実施する等によ りコストの削減に努めるなど、費用対効果について十分勘案しながら取組む こと。

 ・ 地域団体等の活動については、自主性の尊重を基本としつつ、活動立ち上げ 時等において必要な連携を行うこと。

 ・ 無形の遺産である町名の復活・活用とともに、現在残されている有形の財産 の保存・活用にも取組むこと。

 

 活用策の具体的なイメージは次頁以降のとおりである。市内の様々な場面にお いて、ひとつでも多くの活用策が実施されていくことを願うものである。

 

 なお、復活への取組みや活用策の推進とともに、通常の住居表示等においても、 新たな町名が従来の地名・町名とは全く関係のないものとはならないような配慮が行われ、取組みの整合性を確保することが望ましい。関係する住民や地権者及び行政が、住居表示に関する法律の改正経緯等を十分に踏まえ、従来の名称の尊重に引き続き配慮していくことを望むものである。

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)15頁から転記〕

【参考】 復活した町の事例 3・4(長崎市銀屋町・東古川町)

 

 古川町、鍛冶屋町の一部が「銀屋町(ぎんやまち)」として、また、古川町の一部が「東古川町(ひがしふるかわまち)」として、いずれも平成 19 年 1 月に復活。2町の合計面積は 2.4ha。

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)14頁から転記〕

【参考】 復活した町の事例 2(金沢市南町)

 

 香林坊一・二丁目、高岡町、尾山町の各一部が、平成 20 年 11 月に「南町(みなみちょう)」として復活。町の面積 3.94ha。金沢市として 9 番目の復活となり、オフィス街では初めての復活。 (太線の範囲が復活した南町。このうち背景の白い部分が旧南町の範囲)

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)14頁から転記〕

【参考】 復活した町の事例1(金沢市主計町)

 

 住居表示によってかつての町名が復活した国内初の事例として、尾張町二丁目の一部が平成 11 年 10 月に「主計町(かずえまち)」として復活(平成 16 年 5 月に区域拡大。町の面積 1.02ha)。

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)13頁から転記〕

(3) 復活の手法と手順

 

 以上、述べてきた考え方や基準等に基づく場合、歴史的町名の住居表示としての 復活は、「住居表示に関する法律(昭和 37 年法律第 119 号)」等に則し、通常の住 居表示と同様の手法によって行うこととなる。

 また、復活の手順(流れ)は、「金沢市における旧町名復活の流れ」(10 頁下段囲 み)に準ずることが想定される。

 実施にあたって、新たに整備が必要となる要綱等は次のとおりである。

 

 ① 考え方

 通常の住居表示とは異なる部分について要綱等において別に定めるもの。

 

 ② 要綱等において定めることが想定される項目

 ● 復活にあたって必要となる前提(9 頁①~③参照)を示す項目

 ● 復活事業の対象区域(10 頁④参照)を示す項目

 ● 復活する町名の定め方(11 頁⑥参照)を示す項目

 ● 住居表示にあたっての町の規模に関する基準(住居地域は 10~16.5 万平方メートル等)

    を適用しないことを示す項目

 ● その他必要な事項を示す項目

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)13頁から転記〕

【参考】 住居表示の「街区方式」と「道路方式」 

 

【街区方式】 

「街区方式」は、町を区域で画し、新たに町名を定め、区画の中に順序良く番号を振ることによ って住居(建物)を表示する方法である。「街区方式」では、町の境界を道路や線路、河川などで 明確にすることが原則となる。日本ではほぼすべての住居表示が「街区方式」で行われている。

 

 【道路方式】 

一方、「道路方式」は、道路の名称と、その道路に接する建物に付けた番号によって住居を表示する方法である。この方式は欧米では一般的であるが、日本では山形県東根市の一部に例が みられる程度である。

 

 街区方式のイメージ

 

 道路方式のイメージ

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)12頁から転記〕

【参考】 仙台城下の町割りの特徴 [《町》と《丁》と《通》]

 

 仙台城下では、武士の住む場所は「丁(ちょう)」と呼ばれ、旧城下の範囲のおよそ 3 分の 2 を占めていた。

また、足軽・職人・町人の住む場所は「町(まち)」と呼ばれていた。

 「町」がそれぞれ、町人町、職人町、足軽町などとして、一つの共同体(コミュニティ)を形成していたのに対し、「丁」は道路の名称を住所(町名)としても使っていたものであった。

例えば「東一番丁」は長さ約 1km に及ぶ道路の名称であり、また、一本の道路の両側に連なる中級家臣たちの屋 敷街の名前(町名)でもあった。

なお、「丁」に共同体的な性格はなかったと言われている。

 このほか、町や寺の名前の後に「通」が付く町名は、その町や寺に通ずる道であることを示して いる。

例えば「柳町通」は「柳町」に、「光禅寺通」は「光禅寺」に通ずる道であった。

 

 [参考:「杜の都」の形成と終末 小林 清治]

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)11頁から転記〕

【参考】 金沢市における旧町名復活の流れ

 

 金沢市における旧町名復活は、住居表示に関する法律に基づき概ね次の流れで実施されている

(平成 11 年から現在まで9の旧町名が復活している)。

 

 1. 地域住民で旧町名復活について検討

(市は、住居表示(住所)の変更にかかる諸手続き等について説明)

 

    ▼

 

 2. 復活する区域の協議

(旧町名を復活する区域について、町会(町内会)等の単位などを基本に地域の住民の方々と協議)

 

    ▼

 

 3. 住民の合意

(町会の総会等で決議し、復活を市長に申し出)

 

    ▼

 

 4. 法的な手続き

 ①金沢市旧町名復活審議会に諮問

 ⇒②金沢市議会の議決(町の名称の変更について)

  ⇒③県知事へ届出・告示、市長の告示

   ⇒旧町名復活

 

 ※ 旧町名復活までの期間は、住民の合意(市長に申し出)があってから概 ね 1 年程度。

 

 [金沢市パンフレット「旧町名復活の推進について」より]

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)10頁から転記〕

(2) 復活する場合の基準等(具体的な考え方)

 

 上記(1)の基本的な考え方を踏まえた、復活に向けた具体的な基準や手法等は 次のとおりである。

 

 ① 【前提・その1】復活に向けた住民の要望・合意があること

 

 町名の復活にあたっては、歴史的町名を住居表示として暮らしのなかに取り戻 していくことについて、その町に暮らす住民が合意していることが必要である。

 あわせて、事業所を含む対象区域内の全世帯において、各種の住所変更等、様々 な手続きが必要となることが理解されていることが求められる。

 ≪8頁「住居表示の際に必要な手続きの例」参照≫

 ≪10 頁「金沢市における旧町名復活の流れ」参照≫

 

 ② 【前提・その2】復活による効果が見込めること

 

 復活にあたっては、歴史的町名が暮らしのなかで使われるようになるといった 当然の効果に留まらず、復活する町及び地域(町の周辺または市全域)にとって 次に挙げる効果のいずれかが見込めることを条件とすることが望ましい。

 

 ・ 城下町仙台の歴史や伝統の継承につながること。

 ・ コミュニティの活性化につながること。

 ・ 地域のブランド力強化につながること。

 ・ 観光資源としての地域の魅力向上につながること。

 

 なお、歴史的な趣が残されていない町で歴史的町名を復活することについて、 その効果を疑問視する意見が、本委員会が平成 20 年 7 月に行った意見交換会にお いても各地区で出されている。

この点については本委員会としても、歴史的町名を大切にしていくことと共に、歴史的建造物など現存する有形物の保存・活用に も積極的に取組むことが望ましいと考えるところである。

 その一方で、たとえ目に見える歴史的遺産がない町であっても、由緒ある町名の存在により、その町の安易な開発が抑制され、町の品格や風格が保たれる等の効果を認めるところであり、有形の歴史的遺産の有無を復活の条件には加えないこととしたところである。

 

 ③ 【前提・その3】住所のわかりやすさの確保に配慮すること

 

 歴史的町名の復活は、住民の合意と要望に基づいて、ひとつひとつ行われるこ とになり、したがって、現在の町名のなかにかつての町名が混在することとなる。

 また、都市化が進展し、大きなビルが数多く立ち並ぶ仙台においては、復活する 町の境界がかつてとは異なり複雑になるなど、来訪者にとって住所がわかりにく くなるおそれがある。

復活にあたっては、住民の希望や想いを十分尊重しつつも、 復活する町名が今後長く使われるものであり、また、来訪者等にとっての重要な地理的標識となることに鑑み、そのわかりやすさの確保には一定の配慮がなされることが望ましいものと考えるところである。

 

 ④ 【復活の対象区域】当面は旧城下の範囲を対象とすること

 

 仙台においては「歴史的町名=旧城下の町名」というイメージが根強いが、そ の一方で旧城下の範囲は現在の仙台市域の一部に過ぎない。

このことを受けて、 歴史的町名復活の対象区域を旧城下の範囲に限定する必要性の有無について検討を行い、本委員会としての考え方を次のとおりとしたところである。

 

 ・ 「城下町仙台」から想起される範囲、あるいは、仙台城下の屋敷林に由来するといわれる「杜の都」のイメージは、今や仙台市全体に及ぶものであり、旧城下の範囲に留まるものではない。しかしながら、事業の当初においては、城 下町仙台における歴史的町名復活の目的と効果を明確にするため、旧城下の 範囲を復活の対象とすることが適当である。

 ≪37 頁「資料Ⅷ・旧城下の範囲」参照≫

 

⑤ 【町の形の定め方】城下町の町割りの特性を最大限尊重すること

 

 仙台にはかつて、長さが1km を超える細長い町が数多く存在し、その範囲は、 復活にあたっての主体として想定される地域コミュニティの範囲とは必ずしも 一致していない。

これは、これまで旧町名の復活を実現させた金沢市及び長崎市 のいずれの町とも異なる、いわば仙台城下の町割りの特徴であり、仙台における 町名復活の大きな課題として予測されるところである。

 また、歴史的町名の復活は、通常の住居表示と同様、「住居表示に関する法律」 に則して行うこととなるため、前述のとおり、かつての町の形と復活した町の形とが大きく異なる可能性もある。

 このため、復活する町の形を定めるにあたっての留意点を検討したものである が、本委員会としては、城下町仙台の歴史と伝統を将来に伝えていくという目的に照らし、復活にあたっては仙台藩の特徴的な町割りの再現に十分配慮する必要 があるとしたところである。

具体的には、かつて実在した町の姿に可能な限り忠 実であることを原則とした上で、町の境界を明確にするために最低限必要な調整 を行うこととしている。

 なお、かつて二つの町が交差していた区域については、いずれの町名を選ぶこ とも可能とし、復活する町の連続性を確保することも望まれるところである。

 ≪本頁下「仙台城下の町割りの特徴」参照≫

 ≪35 頁「資料Ⅵ・かつての町の形の例(北一番丁・北六番丁)」参照≫

 

 ⑥ 【町名の定め方】復活する場合の町名は、住居表示実施直前の町名とする こと

 

 町名については一部、時代による変遷が見られることから、復活するにあたっ て、どの時代の町名とすることが望ましいかについて、特定の時代に限定することの要否も含めて検討を行ったものである。

その結果、住居表示直前(現在の住所の直前)に実在した町名については、町の範囲を明確に示すことができ、また、 その名称はほぼ藩政時代からのものであること、さらに、複数の町が復活した際に、面的な時代の統一性が確保できることから、これが、復活する場合の町名と して望ましいものとしたところである。

 なお、復活する町名が、現在の町名と同一である場合も想定されるが、この場合には、住所の混乱を避けるために個別の対応を検討する必要があると考えると ころである。

≪29 頁「資料Ⅴ・旧城下の町名(住居表示実施直前の町名)一覧」参照≫

 

 ⑦ 【住居表示の方式】通りを中心としたかつての町の姿の再現に可能な限り 配慮すること

 

 かつての町は、その多くが道路を中心とする両側町であり、町名はすなわち通り名でもあった。 国内における住居表示は、ほぼ「街区方式」により行われており、金沢市及び長崎市における旧町名復活も「街区方式」により実現しているところである。

しかしながら「街区方式」の場合、町の境界を道路や河川などの地形地物で明確に区切ることが原則となるため、復活する町の形がかつての姿から大幅に変わり、復 活を希望する住民の要望と復活後の町の形が大きく異なる可能性がある。

 本委員会としては今後、市内いずれかの町において具体的に復活が検討される 段階においては、必要に応じ「道路方式」による住居表示の可能性を探るなど、可能な限りかつての町の姿に近い姿での復活に配慮する必要があるものと考えると ころである。

 ≪本頁下「住居表示の「街区方式」と「道路方式」」参照≫

 ≪13・14 頁「復活した町の事例1~4」参照≫

 

〔歴史的町名復活検討委員会報告書(平成21年1月)9-12頁から転記〕