「イライラ、するんだ?」
一気に言わずイライラとするんだの間に
コンマ何秒かの空白を置き、
ついさっき私が記入したばかりの問診票を手にしながら、
女医はそう言った。
イライラだけじゃない、
判断能力も鈍っているので即答できない。
初対面の人にイライラするなんて言いたくない、
医師を前にそんなアホなことが頭に浮かび、間が空く。
その間に気付いたのか気づかないのか、
女医は顔だけを私に向けた。
右手はパソコンのマウス、左手には問診票。
体はパソコンに向いている。
女医のメガネのレンズがキラッと光り、
私は目の焦点が合わなくなった。
「・・・はい」
衛星中継のようにワンテンポずれて答えた。
この女医に打ち解けることはできない、
体の不安を打ち明けることはできない。
更年期障害、女医でネット検索してやっと
たどり着いたクリニックだというのに。
ホームページでは、
彼女のフレンドリーなコメントに安心感を持ったのに、無理。
「イライラ、するんだ?」の「するんだ?」ってどうなんだ。
「イライラするんですね?」でいいじゃないか。
初対面だよ、フレンドリーな対応を心がけていますって、
こういうことなのか。
あぁ心のシャッターが降りるのを感じながら、
私は丸椅子に座っている。
とりあえず血液検査だけは受けよう。
検査ならどこで受けたって同じだもの、ねえ私。
心のなかで自分に語る。
もう他のクリニックに行く気力がない。
女医、何か喋っている。
「血液検査を」という言葉だけ聞き取れた。
退散するように、そそくさと私は診察室を出て、
となりの処置室に入った。
「ここにお座りください。
採血で気分が悪くなったことはありますか」
あぁ、ほっとする、普通に真っ当に優しい雰囲気の看護師さん。
「はい、あります」と答える。
「そうですか、じゃあ横になって採血しましょうね」
「はい」
素直な気持ちになる私。
あれはいつ頃だっただろう。
採血した後、並んだ3本の瓶に入った自分の血液が思いの外、
どす黒く、ひどく動揺したついでに気分が悪くなった。
それから採血する時は視線を外して血を見ないようにしている。
「はい、チクっとしますよ」
「は、はい・・」
この瞬間はいくつになっても慣れることはない。
子供のように泣き出しはしないけれど、クッと身構えてしまう。
「はい、終わりました」
「・・もう終わったか(心のつぶやき)」
ほっとする。これもお決まり。
結果は1週間後。
女医は嫌だけれど、検査の結果だけ聞きに来よう。
先のことは、そこから考えよう。
面倒くさがりになったのも、更年期特有のものなのかしらん。
お金を払ってから、駅に続く道を歩いていると
久しぶりに空腹を感じてきた。