私は50年間生きてきたが
幼い頃の記憶を辿っても
父母と笑顔で過ごした記憶が無い。

もちろん笑顔で家族旅行に行ったり
子供だった私にとってはきっと
楽しい事だってあった筈なのに…
詳細が思い出せないのだ。
心からあぁ楽しかったなぁと思えた
記憶が全く無い。
父母に甘えた記憶も無い。

私は両親から肉体的虐待を
受けて来た訳ではなくて
幼い頃から受けたのは
精神的な虐待だった。

過干渉や過度の束縛。子供の自由を
奪い親の命令通りに子供を動かす。
自分達の教育方針や
考え方が一番絶対に正しいと思い込み
うちの両親はそれをひたすら
子供に押し付けるタイプの毒親だった。

父は元は公務員、母はずっと専業主婦
超頭カチカチお堅い雰囲気の
真面目な両親だ。

父母の希望では自分の子供は
名門の小、中学校に入学させて
高校は地元屈指の進学校に行かせて
大学は「せめて」東北大
あたりのレベルで!
と勝手に私の人生を決めていたらしい。
どんだけ理想が高いんだか?
出来れば医学部に入れと
いうような話をよく私に
小学生の頃からしていた。

父は中堅レベル私大卒、母は
実家が貧窮していた為に中卒。
自分達がそんな状況だったのに
何故自分の子供には異様に高い
レベルを目指すようにと
押し付けるのか??
意味がわからない。

私は小学生の低学年の頃は
両親になるべく褒められるために
両親の言うことをよく聞いて
両親に言われるがままに
ピアノを習ったり一生懸命に
勉強しているようなフリをしたり。

両親、特に母の顔色を見ながら
母が機嫌がよくなるように
話を合わせてみたり小さな嘘を
ついてみたりしていた。
自分がやりたくない事でも両親が
望んでやらせた事は私も凄い
興味を持ったフリをしたりして
とにかく両親がなるべく
笑顔で居てくれるように
両親が納得するようにしていた。

しかし無残にもその私の努力が
崩れ去る日がやって来た。

自宅でいつも両親から抑圧されて
いた私には小学校にいる時間だけが
両親の束縛から唯一解放される
自分だけの「自由時間」だったので
学校の授業中に一人でなにやら
ボーっと考え事をしてしまったり
校庭で行なっている楽しそうな
体育の授業をついつい見てしまったり
授業には集中出来ずに自分だけの
リラックスタイムを一人楽しむように
なってしまっていたらしい。

小学校で初めての先生からの
一学期の通信簿。
成績を数字で表すのではなくて
先生からの長文の手紙のような
形式だったのだが、そこに
「授業中に集中出来ずにいる」
「落ち着きがない」
などと書かれてしまったのだ。

未だに忘れられない。両親に
笑顔で褒めて貰おうと楽しみに
持って帰った初めての通信簿で
私は自宅で両親から大目玉を
食らう事になってしまったのだ。

優しくて大好きだった学校の
担任の先生に正直裏切られたような
悲しい気持ちでいっぱいになった。
何もこんな私が両親から散々
怒られるような事をわざわざ
書かなくたっていいのに!
先生酷いよ!!と叫びたい気持ちで
心がいっぱいになってしまった。

新一年生になり小学校へ希望に
満ちて通い始めたばかりなのに…
初めての通信簿は良いことばかり
書いて貰えて両親から褒めて
貰えるんだとばかり思っていたから。

なんか小学校って6年間毎学期
ごとにこんな目に遭うのかなと
思ったらもう凄い嫌になってしまった。

そのうち私の体に様々な異変が
起こり始めた。
食欲不振、腹痛、頭痛。
小学校低学年で学校に行くという
朝には毎日のように体調が
悪くなるようになってしまった。
学校に行きたくない、また
通信簿に何を書かれてしまうか
わからない、怖いから嫌で
行きたくない。
自宅で体調悪いって言って
寝ていた方が読書したり自分の
時間を楽しく過ごせるし。
よほど学校行くより楽しいしマシだ!!

なんでこんなに学校に行く朝に
体調が悪くなるのか、大人達は
誰も気づいてはくれなかった。
学校の先生も両親も。

虚弱体質だからだ、通学で体力を
使って疲れてるからだ、などと
大人ならではの適当な推測だけで
勝手に私の体調不良の
理由を決めてつけていたらしい。
よほどグッタリしてる日は
休ませて貰えたが、なるべく私を
きちんと学校に行かせたい両親は

「学校行かないと授業がどんどん
進んじゃうから分からなくなるよ。
そうなったらツライのはあなたよ!
だから頑張って行きなさい!
ほんとに具合悪くなったら保健室
あるんだから保健室で
休ませて貰いなさい」

などと言い毎朝私に生卵を無理矢理
一気飲みさせたり、養命酒を飲ませたり
何がなんでも自分の子供を
学校に行かせる為に必死になっていた。

私はそのうち学期ごとの通信簿で
先生から書いて欲しくない事を
書かれたりして嫌な気分になるのも
そして両親から叱られるのにも慣れて
来てしまった。

それに学校では徐々に
仲の良いお友達も出来たりしたので
学校に行く日の朝や学校に
行ってからの授業中に体調が悪化
するということもだんだん無くなって
来たのだった。