Ba.5すごいですね。みなさん発熱してませんか?こんにちは。

 

 ということで、タイトルとは関係なくとりあえずポルトガルの国際学会に行ってきた。なんか体調が微妙だけどPCRは陰性だったので大丈夫でしょう・・・多分・・・ということで各種証明書を持って飛行機に搭乗。長時間かけてリスボンに到着。ここでアメリカ同盟国は電子入国できるはずだったんだけど・・・反応しない・・・係員がパスポートを見て・・・おかしいね?と何度も試すけどダメ。仕方なく普通の入国ゲートへ。1時間以上待って他のにパスポート見た途端にスルーで入国審査2秒。なんでこっち?みたいな顔をしない!(他にもICチップが反応しない人が結構いた)

 そして元気に学会へ。飛行機が不安だったが気圧の変化は意外と大丈夫だった。受付の前に坂を登って・・・サン・ジョルジュ城を望む展望台へ。その景色はまさに魔女の宅急便のようだった。そしてヨーロッパは緩いと言われていたけどみんながマスクを着用して感染対策に目を光らせていた。聞いていた話と違ってちょっと安心。

 翌日は帰国のためのPCR検査を受けに行くもやっぱりちょっと体調悪い。時差なのか疲れなのかそれとも別の何か?とりあえずジャパニーズ書式めんどくさいということで普段はE-mailで受け取るところを直接書面でくれるという。とりあえず体調は良くないので学会だけ参加して観光はなし。yahoo!を見ようとするもヨーロッパからは見れない。都の感染状況なんかの記事を検索で見つけ、COVID19が猛烈な勢いで流行り始めていることを知る。やばい。ポルトガルで足止めとかやめてね。

 しっかしポルトガル・・・寒い。日向はいいけど日陰に入ると猛烈に吹き付ける寒風。夜は日向でも寒い。誰だ、夏だって言った奴(言ってない)。そういやオランダに行った時は昼はめちゃくちゃ暑くて夜は冷えるからストーブをつけていた。風が冷たいところを除くと似たようなものか。ホテルのクーラーは設定温度18度でつけっぱなしだったけど確かに夜は稼働していなかった。あれ、だいぶ寒かったな。おい、現地民も夜は長袖かよ裏切り者め(薄いのしか用意がない)。

 帰りはこれまたヨーロッパ便は猛烈にクーラーが効いているというか、そういえば飛行機の中ってめちゃくちゃ寒かったよな。最近は冬の移動ばっかりだったから忘れてた。でもみんな半袖半ズボン。恐ろしい。そして飛行機は猛烈に遅れ、トランジットで猛ダッシュを求められるという(待ってくれよw)不幸に遭い、汗だくなはずだけど体が芯から冷えすぎて全く分からない。

 さーて、何とか帰ってきた・・・と思ったら日本はあったかい。でも冷えすぎて手足の感覚が全くない。後ろのお姉さんが乗り換えに間に合わない!って騒いでいたからしょうがないなあ、ちょっとお手伝い・・・と思ったら到着の30分後の飛行機を予約・・・と言ってたから最初から計画が無理でしょそれ、ってことで聞かなかったことにした。

 とにかく体が冷えまくってるので全力であっためたところ手足の感覚が少し戻ってきた・・・と同時にちょっと熱が出てなかなかひかなかった。翌日は平熱だけど冷蔵庫作業で良くあったので気にせず、念の為PCRとるかーってことで元気にPCRを取りに行った。帰国して冷えなくなると元気が戻ってきた。PCR前も熱はないですねー、ということで余裕をかましていた。

 

 翌日の結果報告の電話が鳴り、ああ、結果かと携帯を取る。

 「あ・・・えっと・・・実は陽性でした」「え?」

ということでそのまま自宅で隔離された。都の支援物資はweb申し込みで(電話はまず繋がらない)翌々日の昼に届き、区の支援物資は電話受付だったので3日かけ続けて繋がらず断念。

 症状がないのでフットワーク1時間、足踏み1時間、筋トレなどをして10日過ごした。流石に暇すぎてしょうがなかった。

 

 そしてやりすぎたのか腰が痛い。

 電車内で隣の人にもたれかかって寝ている女の人を見ながら5分くらいのコントができました。こんにちは。事務所にスカウトされた時はお笑いとかでなくテキトーに何か楽器持ってボーカルの隣でライブを盛り上げてって言われて「コンビでそんな芸人いねえよ!」って思ったらゴールデンボンバーがいました。

 

 というわけでオミクロンが流行っていることだし業務命令なので3回目のワクチンを打ってきた。

 よく考えたら色々あったのだけど一杯一杯すぎて一度もブログにしていないことに気がついた。ということでまとめてみた。

 

2020年4月

 当時流行り始めたCOVID-19にいち早くかかってみた。

 40℃の熱が3-4日続き、動くと呼吸が苦しく、物資を買い込む暇がないため補液用に用意していたスポドリ粉を溶かしてひたすら飲んでいた。食事はどうせ取れないし吐くので摂らず。フランスの知り合いからアセトアミノフェン以外はダメという情報を得ていたので残っているカロナールを600mgずつ飲むが39℃とかどうなってんだと文句を言う余裕もなく・・・ツイキャスをしていた(意外と余力がある)。まあしかし4日も高熱が出るともしかして死ぬのかなぁなんてことを考えてしまう。勤務先からの定点連絡が来るのだが電話取る元気など全くないし、何より息苦しくて死にそうだっつーの!早く切れ。

 5日目くらいになるとやっと関連病院に受診できた(関連なのにやっと!)ので受診するがPCRは陰性。症状は肺炎意外フルコンプ(というか肺炎なってたらやばい)だったのだが、とにかく脱水が酷くて気合で検査前にペットボトル2L飲んだのは検体が洗い流されるからいけなかったらしい。インフルエンザの時も同じことをしていて一度も検査に引っかかったことはないが症状はいつも死にそうな感じであった。限界までカロナールを飲み続けると少し動けるようになり、7-8日目くらいには熱が下がり始め、10日くらいすると薬がなくても動けるようになった。しかし1年たっても息切れが改善することは全くなく、階段の登り下りなど色々できるようになったのは1年半くらいしてから。

 

2021年5月

 次は死ぬかもなと言うこと以前に業務命令なので(笑)、ワクチン2回接種。まだ情報が少なく、血栓とか心筋炎が多いくらいしか分からなかったが大体相場は毛細血管と決まっているのでアク○リアスを買い込んで籠城覚悟で2回目を受けた。2日目で発熱し、39℃。3日目も下がらず4日目にやっと38℃を割った。3日目から尿が出なくなり、ペットボトルを飲み尽くしても終わらず、熱の下がった5日目は脱水症状で倒れていた。6日目に動けるようになって出勤したものの10日間くらいは廃人のようだった。

 

そして今回、である。

初日は大丈夫なので・・・と、38℃。無理。家に帰りたいけどトラブル発生しギリギリまで帰れず。死ぬかと思いながら電車に揺られ吐きかける。翌日にはもう40℃。3日目もやっぱり40℃。だが今回は限界までカロナールを用意しており、水分も大量に確保した。でも飲んでも飲んでもむくみになるだけで一向に脱水がよくなる様子はなく、吐く限界まで飲み続けたが2日間は尿すら出なかった。3日目はあまり飲んでなくても尿だけは大量に出て、回復始まったかなと感じられた。有給を消費したくないので挫けそうになりながら4日目からは吐き気を我慢しながら出勤。頭痛もあるし、脳脊髄液の症状ではないかと思われたが具合が悪すぎて分からない。5日目はまだ生きてる感じはあったが限界を感じるレベルで、脳脊髄液減少症がやばくなった頃と症状は同じように感じられた。指先は震えるのでキーボード入力は厳しいし、文字を書くのが無理。起きてると辛いのでテーブルに突っ伏してしのいだ。点滴でもしておいたら状況は変わったのか?血管内脱水だから多分そんなに変わらない。だって炎症だもの。かといって気軽に生食パッチを受けるのもね、と言うことで気合と根性で仕事を極力しないで回避する方向に。いや、有給取るとポルトガルに行けなくなるし・・・。

どこまで行ってもワクチンなので、息切れとかそいう症状は残らないし、脊髄液の減少が戻れば症状も落ち着くので2週間くらいは大人しく過ごしながら様子見かな。

 山が来たと思ったら他に人生の大山を控えてしまった今日この頃です。こんにちは。

 

 えーっと、10月に入るとちょっと疲れたのか気候の変動のせいなのかグレタさんなのかよく分からない。とりあえず

 

 How dare you!!

 

 割と低調ながらも斜め懸垂を細々と続けており、ときどきジムでバーベル上げている。でもいろいろと発表の準備などが忙しくて諸事滞っている感じがある。11月はジム行ってないやもったいない。

 体の使い方を意識した動作をしているうちにこれはロボット工学にも応用できるんじゃね(RX-○8とか)とか構造のどのへんを変えればいいのとか(多分コアブロック)あれこれ考えていたらあっという間に2ヶ月くらいすぎた気がする。これも幸せなことだろう。

 

 当然ながら様々な活動中に敵認定されてしまうことがあり、これからも恐らく活動によって増えてしまうので暗殺されない程度に露出していこうかなと考えている。やっぱサイド3に移民してMS-05とか開発?