オッス!オラ悟空!ウィルス感染でしんじゃったぞ(トランクスの世界)!・・・スーパーサイヤ人も感染症には勝てませんね、こんにちは。
新型コロナが猛威を振るう東京では少なくとも50人に1人くらいが感染したことがあるか、感染していることになります。クラスに1人はクラスターを作るかもしれない(しれなかった)という身近なことになってしまっていました。無症状で検査していない人を含めると、街にどころかご近所に1人くらいは広める可能性のある人がいるかもしれません、怖いですね。
新型コロナという未知との遭遇による混乱というのは一つの危機管理の例として考えさせられるなと思います。
①防衛線構築の失敗
直接の侵入を許す(攻撃を受ける)、キャリアーによる突然のクラスターが発生する(テロを受ける)などなんだか別の事例を考えさせられますね。
②封じ込めの失敗(クラスターの発生)
当然、防衛線ですべて追い払うのは現実的ではなく、ある程度侵入されることは想定しないといけません。侵入経路、目的、想定される行動や被害などを見積もらねばなりません。感染の場合は不幸にも不顕性の感染(寝返り・転向や工作員の潜伏)が起こり、クラスターが発生(拠点の作成)してしまいます。これを封じ込める(拠点をつぶす)ことが防衛に重要になります。
③伸び切った戦線と輜重
不幸にも封じ込めに失敗すると蔓延し、病床が逼迫します(兵力が枯渇)。無限に増やすことは難しくスタッフの養成(将校の育成)も必要になります。これは一朝一夕にはできません。病院だと数年かかります。病床が逼迫すると延々と残業がつづくためスタッフの養成に振り分ける余力がありません。さらに人手不足に拍車がかかります。倒れてしまう(将校の戦死)にもつながり、未熟なスタッフの増加(学徒兵の動員)にもつながり、さらに救命率(戦況)が悪化します。そういえば平時からの備えがなかったので、初期には物資がなくて備蓄倉庫も空っぽでどうにもなりませんでしたね。補給のない戦いは勝てません。
④戦略の失敗
さて、蔓延しないためにはいくらかの方策をたてなければなりません。蔓延しないための作戦が必要になりました。感染予防、速やかな隔離、治療、ほとんど情報がないけどSARSの報告は豊富にありますのでそれを参照に・・・された形跡は残念ながらあまりなかったように思います。ただ、インフルエンザの知見からソーシャルディスタンス、三密回避、マスクの着用、手洗いうがいなどの対策が提唱されました。このへんは手探りのため本当に難しい判断をしなければならなかったと思います。ある程度やむを得ないでしょう。初期はエビデンスもへったくれもありませんからね。韓国がSARSで痛い目にあった経験から「初期は」迅速な対応ができていたと思います。私も韓国の状況から日本がたどりそうな経過をある程度予想できました(面白いことに年間スケジュールが日本よりも1ヶ月前にずれているというのも分かりやすかった)。
⑤厭戦気分の蔓延
戦争だとだいたいが戦略拠点が陥落する前に敗戦が決まります。厭戦気分が蔓延します。初期は盛んだった戦意がどんどん落ちていきます。社会が変化して自由になって、反対運動が起こるのはたぶんベトナムとかそのへんからだった気がします。逆に戦意を保ったままでいられると大逆転が起こることもあります。そういうときはだいたい、何らかの理由があります(宗教とかお金とか生活の逼迫とか)。
自粛疲れ・・・そうですね。もう嫌になります。戦いは辛いです。でも戦いは前線だけではなく後方支援もなくては維持できません。心を一つにして戦わないと士気を維持することは難しいです。
今はもう忘れられてしまっていそうな古代の黄河文明の戦いは行って(彳)、正しい(と信じている)ことを広めることで文化を浸透させ、生活を変えて豊かにすることで支配地域を広めました。これが帝道です。もちろん意見が対立するときは戦闘が起こることもありますが打ち破っても相手の心まで破ることはできません。その最上なるは心を攻めるという言葉の通り、文化を広めることができると自然と周辺地域が帰属し、少ない抵抗で支配地域を広めることになりました。これが王道です。戦闘に先立って調略が成功するのもそういう面があると思います。打ち破るだけでは反乱の種が残るのでほんとうの意味で支配することはできません。心を攻めずに力で制圧するのは覇道になります。もちろん力があれば制圧は可能です。歴史的には力だけで支配を長期に続けることはほとんど成功していませんが。
さあ、感染との戦いは人々の心に感染対策の光を照らすことができているでしょうか?
今回は少しあらたまって書いてみました。