明日は3月11日。
東日本大震災の発生から丸1年を迎えます。
津波の被害で今も行方不明の方がいたり、
最近メディア面では不気味な落ち着きを見せた
原子力発電所の問題があったりと、心配は尽きません。
今回は私が体験した地震当時の状況を振り返ってお伝えしようと思います。
あの日私は春休み真っ最中。
女子寮「敬和館」8階にある自室でPCを付けて音楽を聴いたり、
2階にいる友達とSkypeでチャットをしたりしていました。
14時頃、外からいきなりテレビで流れるような地震警報が鳴り始めました。
外で鳴るという事はそれなりに大きい地震が来るのか、と思っていると
地鳴りのような縦揺れに続いて、すぐに訪れた振幅の大きい横揺れ。
さすがにこれは危ないと思って机の下に隠れ、揺れが止まるのを待ちました。
私の部屋は本棚にたくさんの本が入っていたので、
万が一落ちてきた本でけがをしてもいけないと思ったのです。
幸い私の部屋では被害はとても少なく済みました。
揺れている最中椅子に置いていた保温ポット(お湯入り)が落ちてきましたが、
落ちてきたことよりも「あっ、お湯が漏れたら大変」ということが頭にあって
意外にも冷静に保温ポットを手元に引き寄せた覚えがあります。
心配していた本は棚に隙間なく詰まっていたおかげで
ある一冊以外全く落ちませんでした。
落ちてきたその一冊というのは…『独和大辞典』です。
独和大辞典/著者不明

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厚さが6.8センチあるのでもはや洒落にならない鈍器です。
これが落ちてきたときはさすがにびっくりしました。
第一の揺れがほぼ収まってから共用廊下に出ました。
建物の隙間から出てきたのでしょうか。
ほこりで共用ラウンジ等少し曇ったような感じでした。
ラウンジのテーブルの傍には割れたどんぶりが転がっていました。
キッチンを見ると上部にある戸棚は扉がほぼすべて開いており、
シンクの横にある包丁・まな板立ても横倒しになっていました。
幸い床に包丁が落ちていることはなかったのですが、
余震が続いた場合…と考えて、
全ての包丁たてをシンクの中に入れました。
これで逆さまにでもならない限り包丁は出てくることがありません。
そうこうしているうちに別の通路の子達も部屋から出てきました。
(敬和館はL字型でそれぞれの方向に居室があり、
折れ曲がっている部分に共用ラウンジやキッチン、エレベーターがあります。
ちなみに私の部屋は共用ラウンジのすぐ横でした。)
その別の通路のほうがなんだかすごいという話になって行ってみると、
こんな状態でした。


と言ってもこれはひと段落ついてからの写真です。
地震直後はL字つなぎ目の天井板がひん曲がって落ち、
上や下の隙間から3月初めのまだ気持ち肌寒い外気が入ってきていました。
(※追記※ このようにつなぎ目の床板が取れているのは
下手に建物の一部が揺れを吸収してその部分が壊れることで
建物全体が壊れることを防ぐような仕組みになっているからです。
現在はしっかり修理済みなので館生も心配なく暮らしています。)
奥に少し見える崩れたダンボールはこの年退館する予定だった先輩の引越し荷物。
この後詰めなおしがかなり大変だったようです。
間もなく館長室にいらっしゃる寮母さんから館内放送がかかり、
館生全員とりあえず1階ロビーへ集合ということになりました。
エレベーターは当然止まっているので会談で1階へ。
この時エレベーターに閉じ込められている人は
いなかったのが不幸中の幸いでした。
下に降りてみるとほとんどの館生がすでに1階に集まっており、
1つあるテレビにみんな噛り付いていました。
どの放送局も地震や津波の状況を繰り返していました。
そのとき私は初めて地元である岩手が大きな被害を受けていたのを知ったのです。
ただ当時はテレビで少し呆然としたものの、
家族に連絡がいつもの様にできないとわかると
冷静に災害用伝言板に書き込みをしました。
それからほぼ一日、自室に戻ることはできず、
ロビーで約50人で身を寄せ合って夜を明かしました。
その日は夜中に何回も緊急地震速報鳴った記憶があります。
やっと寝静まったかという頃に50人分鳴って飛び起きる人もたくさんいました。
その日はほとんど寝れなかったです。
翌日、やっと自室へ戻ることが許されました。
しかも気づいたら母から災害用伝言板を見たこと、かつ無事である
という旨のメールがやはり伝言板を経由してきていました。
その時やっと少し私の中でもほっとした気持ちになったものです。
実はこの後さらに計画停電や大学が始まるまでの事など
さまざまあるのですが、今回はこの辺で。
もしご希望があれば続きを書こうと思います。
あくまでこれは私が経験した、関東における記憶です。
この1年出身が岩手であることを言うたびに大丈夫だったかを聞かれますが、
内陸出身であるためになんとも答えにくいというのが正直な気持ちです。
近く4年以内に関東でも地震があるという話もあります。
災害への対策をしつつ、これ以上大きな災害が来ないことを
祈るのみです。
(ドイツ語学科2年 るう)