1958年、ウズベキスタンの首都タシュケントを舞台に撮影された映画。原題は「Maftuningman」である。ウズベキスタン映画では初のミュージカル映画であり、同名のミュージカル作品のキャストを探すために男がウズベキスタンから歌が上手な人を探す物語。主人公は選ばれたキャストら4人である。

 

 

 本作の楽しみ方はいくつかある。一つは、そのまま物語を楽しむことだ。この4人は生まれも育ちも異なる。そんな彼らが一つのミュージカルを通してどう変わっていくのか、注意深く見てみてほしい。二つ目に、映画より見ることのできる民族文化がある。ウズベキスタンには多数の民族がいる。この映画には彼らの民族衣装や踊り、そして歌が登場する。三つ目は、過去の景色を楽しむことだ。作中で登場するタシュケント駅や、ナヴォイ劇場の姿が登場する。どちらも旧ソビエト構成国のウズベキスタン(1991年8月31日独立のため制作当時はソビエト連邦に所属)であった様を残している。例えば、ナヴォイ劇場はモスクワ、レニングラード、キエフに続く劇場としてシュシェフ氏によって設計された。1944~1947年に建設され1947年11月にアリシェル・ナヴォイ生誕500周年を記念して初公開されている。シュシェフ氏といえばレーニン廟の設計者である。そんなナヴォイ劇場だが、建築には日本人捕虜が動員された。どうも悪い歴史だけではないようで、ナヴォイ劇場裏手の記念プレートにはかつてウズベク語とロシア語、英語で「日本人捕虜が建てたものである」と書かれていたそうだ。しかしこれをみた独立後大統領に就任したカリモフ大統領が「ウズベクは日本と戦争をしたことがないし、ウズベクが日本人を捕虜にしたこともない」と指摘し、「捕虜」と使うのはふさわしくないと1996年に新たなプレートに作り変えた。その結果、現在では「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォーイ名称劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」とウズベク語、日本語、英語、ロシア語の順に刻まれている。(嶌2023)

ナヴォイ劇場      

現在のナヴォイ劇場              現在のタシュケント駅

 

 

 この映画はソビエトにおいてどのような時期に発表されたのだろうか。そこで1920年から2016年までの約100年間を5つに分割し、ウズベキスタンの女性像を描いたウズベキスタンの女性劇作家サオダット・マイロワ(1981〜)による映画「彼女の5つの人生」(2020)を指標にしてみよう。使われた分割は以下のとおりだ。

   1.家父長制の犠牲(1925-1936)

   2.共産主義の機会(1940-1960)

   3.雪解けの女性時代(1960-1985)

   4.奔放なペレストロイカ(1985-1995)

   5.混乱の独立(1991-2016)

「君に夢中」は、このうち2-3の時期の映画に該当する。

 
 
 主人公は以下の4人。彼らが同名のミュージカル映画「君に夢中」のキャストに選出される。

 ・ユルドゥズ ブハラ(Bukhara)出身 刺繍のアトリエで働いている

 ・バキル フェルガナ(Fergana)出身 蜜柑畑で働く運転手

 ・シャリフ ホラズム・ヒヴァ(Khiva, Khorezm)出身 綿花畑の運転手

 ・ザミラ タシュケント出身(Tashkent) 医科大学出身者 就職先決定済み

バキルとシャリフの両人は、どちらもコルホーズで働いている。ちなみにシャリフの働いているコルホーズは10月革命40周年記念農場。ここで登場したコルホーズ(kollektivnoe khozyaistvo)とは、ソビエトにおける農民が自発的に連合し共同経営する集団農業のことである。これに加えて国が主導で集団農業を運営するソホーズがソビエトの経済をになっていた。1950年代あたりから農場としての役割だけではなく、コルホーズ員がコルホーズ周辺に定住し始め、徐々に学校などの文化的施設が広がり始めた。

1930年代のコルホーズ創設期にコルホーズは既存の集落を利用して,コルホーズの為に集落を再編成する企ては一般にみられなかった。この傾向は1940年代の独ソ戦争や戦後 の 復興期にも戦災地域を除いて大きな変化はみられない。しかし,1950年代初期のコルホーズ統合からコルホーズの中心集落とその補助的集落や生産中心(畜舎など)の配置に変動がみられる。(中村1962)

主人公たちの出身地は以下のウズベキスタン鉄道と白地図を参照されよ。映画ではタシュケント以外は田舎者扱いされている。ソビエト時代は隣接諸国を経由して鉄道が敷設されていたようだが、現在は近隣諸国を経由しないように延伸されている。

 

         ウズベキスタン鉄道地図          ウズベキスタン白地図(編集:青べか)      

 

 この映画はウズベキスタン初のミュージカル映画である。ミュージカル映画というだけあって、作中で登場する歌はそのほとんどが今でも残っている歌だ。そんな本作が公開された、1950年代、ソビエトの映画産業は落ち込んでいた。当時の状況を表すものに、ベラルーシの首都ミンスクには1955年当時映画館が1つしかなかったという話がある。そんな映画産業が復活し始めた時期、本作が発表された。

 

      

ウクライナ版ポスター           ロシア語版ポスター

探したらvk.comにあったのでぜひ気が向いたらみてほしい。こちらには日本語字幕がついていないが、映像と音楽を楽しむ分には支障ない。

 

ウズベク映画、1958
ジャンル: コメディ、ミュージカル
監督: Юлдаш Агзамов
脚本: Тураб Тула, Михаил Мелкумов
出演: Клара Джалилова, Санат Диванов, Рано Хамрокулова, Тургун Азизов, Аббас Бакиров, Наби Рахимов

 

<参考資料>

嶌信彦, "ナボイ劇場とは", 『日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた』(角川書店)、『伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち』(角川新書・新書版)特設サイト, 2023-09-23

 

 

Kino-Teatr.Ru, "ОЧАРОВАН ТОБОЙ (1958)", KNHO-TEATP.PY, 2022-11-22

 

浅村卓生, "ウズベキスタンにおけるオペラ劇場 -ソ連邦期中央アジア文化政策のー側面-", 東北アジア研究センター叢書, 2003-9-10, 13号, p.111-134

https://tohoku.repo.nii.ac.jp/records/137811, (閲覧日2024/4/11)

 

<引用資料>
PhotoAC, "写真素材:タシケント駅(ウズベキスタン)", Photo-AC

 

中村泰三, コルホーズの集落配置における若干の資料, J-stage, 1962-08-28, 第14巻, 第4号, p.322-329
https://doi.org/10.4200/jjhg1948.14.4_322, (閲覧日2024/4/12)

Advantour – Tour Operator on the Great Silk Road, "ウズベキスタン鉄道", ADVANTOUR, 2022-09-01, 

3kaku-k, "ウズベキスタンの白地図", 白地図専門店, 2024

https://www.freemap.jp/item/asia/uzubekistan.html, (閲覧日2024/4/11)

 

 

さて、今回でこのブログの更新は止まるだろう。期限は不明だができれば1年以内にまた戻れたら良い。流石に学生の本分は勉強である。ただ単に専念する必要が出てきただけだ。私の所属では妙な伝統もあることだからあと半年は監督としてもうひと頑張りせねばならないし。学生生活だって楽なものではないね。