ご無沙汰してます | 2022年10月膀胱小細胞がん再発、2024年1月肝臓・肺・リンパ転移ステージ4

2022年10月膀胱小細胞がん再発、2024年1月肝臓・肺・リンパ転移ステージ4

2016年3月 膀胱小細胞がん罹患。2年後上皮内がん。2022年10月に6年経て膀胱小細胞がん再発。2023年4月まで抗癌剤治療するも2024年1月肝臓・肺・リンパ転移。余命宣告される。
残された人生本音で綴ります。

随分更新してませんでした

 

またぼちぼち日常など書いていこうかと

 

本日は8/15日

お盆ですね

終戦記念日でもあります

 

私の母方の伯父は「ガダルカナル島」で戦死しました

生きていれば100歳位かな

ガダルカナル島では壮絶な戦いで生き残った戦士はごくわずか

4人兄弟姉妹の長兄で農家の後継ぎでした

幼少より優秀で農家をしながらも

勉強が好きでよく本を読んでいた姿が母の記憶にあったそうです

独身のまま戦争に駆り出されたので

嫁や子供はいません

 

戦後、次男である母の兄が生き残って帰還した 

同じ部隊の方にどのように亡くなったのか

話を聞きにいったそうです

そのころは生き残った方に話を聞きに行くことが普通にありました

残された家族にすれば生死を確かめたかったでしょう

探しだしてお話を聞きにいった1回目は

何も答えられなかったそうでただ無言だったようです

戦死した状況はお話されなかったようです

暫く経って2回目にお話を伺ったときに

島に上陸したすぐに米軍の攻撃を受け海岸で戦死されたと

おっしゃったようです

最近、ガダルカナル島で生還した方々がお話をされていたり

NHKでも報道されています

闘いで戦死された方も多かったのですが

島に取り残されて援軍もなく補給もないまま

ジャングルで餓死された方のほうが数は多いようです

その場にいた方にしかわからない地獄だったことは

想像できます。

以前、TVで生還された方のお話を聞いたことがありました

取り残された兵士を撤退前に船が助けに行ったそうです

米軍の攻撃を受けながら海に出て船に乗るのですが

なんせ大きな船なので乗るには船から大きな網を垂らして

それに捕まって乗船するのですが

餓死寸前で体力もなく登り切った兵士と

力尽きて途中で海に落ちる兵士も多かったそうです

頑張れもう少しだと励ましたが体力のない兵士を

助けられなかったことの後悔もあったようです

わずかに救助され日本に帰国された数は本当にわずかで

あったそうです。

 

伯父の戦死状況については同じ部隊の方は

本当のことは語らなかったことは想像に難くありません

伯父ももっと生きたかったと思うし

帰還して両親や兄弟に会いたかったと思います

 

戦争はいいことなんてありません

しかし攻められたら闘うしたありませんが

そうならないよう願うばかりです

 

我が国は戦争の総括をしていません

連合軍の戦争裁判で裁かれてそこで終わり

自国で戦争犯罪を裁くことはありませんでした

戦後生き残った軍の責任者(参謀本部)幹部は

責任を取っていません

 

合掌

 

その後の経過についてはまた次回にします

まだ、生きてます。