ちょっとくつくつふつふつしていたけど、オットに話してすっきりしました。
ワタシたちは、会話がとても多いのです。
煮詰まると思い浮かぶのが、梁塵秘抄の有名な歌です。
仏は常におわせども 現ならぬぞあわれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に 見え給ふ
ワタシは未熟なので、人がみんな眠っている暁であっても、例え夢であっても、お会いすることができません。
でも、梁塵秘抄をアレンジして、
仏は常におられます、仏は常におられます
と心の中で思うと、正しく生きなきゃなぁ、って思えます。
幼稚園児の頃、毎朝のの様(観音様)に手を合わせて、園長先生(今思えば、有名な高僧でした)のお話を聞いていたことが、なんとなく心に残ってるかなぁ。
不謹慎にも、その後に通っていた日曜学校のおかげで、キリスト教のプロテスタントの教えも、ワタシの中に混じってます。
毎朝、ご位牌に手を合わせて、水を換えて、初物をお供えして、という両親の姿を見て育ったので、ご先祖様に手を合わせるのも好きです。
気分的には、八百万の神様を信じて・・・なのですが、ワタシの宗教観ってどうなのでしょう。
もういい年なので、そろそろ、きちんと考えないといけないと思うのですが。
初詣のおみくじにも書かれてたけど、神と表現するか仏と表現するか、そこは信じる宗教によって表現が違うのだろうけど、確かに存在して、見守られて、護られている・・・、かな。
神仏に手を合わせ、念じるように、とのことだし。
言うべきことは言ってもいいけど、必要なことは言わないといけないけど、ただの不平不満は控えようと思いました。
そういうことばかり言っていると、幸せが遠くなる気がするし、周りを不愉快にしてしまうから。
新年早々、ふつふつくつくつしたけど、こうやって改めて考えられる、良い機会だったのかもしれません。
年々、益々、説教臭くなってきました。
かわいげのあるおばちゃん・おばあちゃんになれるように、今から前向きに、好意的に考える練習をしよう。
努力も必要だけど。
日々、修行なのです。