季節が進んでいるようないないような・・・。
ときおり頬をなでる生ぬるい風は感覚を惑わす。
それでもつるべ落としの夕暮れは確実に冬が近づいていることを思い知らせる。
だらだらと消化する日々に別れを告げようと悪戦苦闘しているつもりでも気付けば2015年も大詰め。
今年こそはと意気込んだのがつい先日だったような気もする。
時の過ぎ去るスピードは実に残酷だ。
変化のないことを喜ばなければならないのだろうか。
平凡の偉大さを感じなければならないのだろうか。
そんなわけはないしこのまま枯れるつもりはいつもながら毛頭ないと思っている。
なんだかなぁ~!
阿藤快ちゃんが亡くなられたようだ。
グルメリポーターの印象が強い彼。
なんでもベットの上で死んでいたらしい。
病名を聞いて驚いた。
あっしとほぼ同じ病ではないか。
何度聞いてもやっぱヤバい病気だったんだと・・・。
阿藤ちゃんも恐らく突発性であったのではないかと思う。
ご冥福を祈らずにはいられない。
生き残ってしまったあっし、病後の毎日はまったく精彩を欠く日々。
なぜ生き残ってしまったのか苦悶するほどいいことがない。
せっかくのロスタイムをただ無駄に時間を消費しているという現状だ。
はやく闇から抜け出したい。
はやく光を全身に浴びたい。
ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく/ダイヤモンド社

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最近徐々に露出が増えてきたようなホリエモン。
良くも悪くも世間を引っ掻き回しまくったおっちゃん。
本当にワルだったのか単なる濡れ衣だったのかその真偽にたいしていまだ真っ二つに割れそうな感じもするのだがしっかりと服役し刑を全うしてきた。
随分昔に読んだ「稼ぐが勝ち」でなかば呆れてしまった記憶がある。
既に世間を騒がしている最中に読んだこともあってある程度変なバイアスがかかっていたとはいえ「こりゃあかん!」と思った。
とにかく金で買えないものはこの世に存在しないというありさま。
おんななんか勝手に寄ってくるとか実に下品だった。
とはいえどこか羨望の気持ちもあったことは隠せない事実だ。
貧乏がいやで田舎から出てきた。
動機は彼となんら変わらないではないか。
そんなこんなでちょいと手にしてしまったこちらの本。
いまでも何かと気になる男。
帯に書かれていることばが妙にこころにひっかかった。
僕は今まで、誰かにわかってもらおうという努力をほとんどしてこなかった。
結論のみをシンプルに伝えれば伝わるものだと思っていた。
誤解されても、誤解するほうが悪いと強がっていた。
でも、いま再出発しようとしている僕には、本当に伝えたいことがある。
だから僕は変わろうと思う。
言葉を尽くして、語っていきたい。
何せ前回読んだ本があまりにも強烈だったので一度は手にしたがとても買うつもりにはならなかった。
それでも帯のことばがあっしを惹きつけ続けた。
こんな本に1,000円ちかくも払いたくない。
そんな勝手な強がりもあった。
ごちゃごちゃぬかしてしまったが結局250円という値段に惚れて買ったというのがとても真実に近そうだ。
実に小さいあっしだ・・・・。
わたしの履歴書風な作りでホリエモンがいかにして出来上がっていったかということを中心に語られていた。
そして後半は働くこと働く意味について思いを綴っていた。
前回の本はあまりにも強烈だったが今回もある意味強烈だった。
小さい頃からどこか極端で誤解されやすい感じだったみたいだ。
それでもガキの頃突如襲ってきた死の恐怖からいまだ逃れられないといった死生観が語られていたのは実に以外で興味深かった。
東大に現役合格したことプログラミングに夢中になったことなどはある意味想像どおりの凄さではあったがとにかく文章を書くのもとても上手でサクサクと読み進みあっさりとエンドまでいってしまった。
歯に衣着せぬものいいは相変わらずな感が残ってはいるが帯に語られているとおり誤解を誤解として残さないようにしようとする誠実さは充分伝わってきた。
というのもある意味彼らしくない実にありきたりなことが大事だと言っているからなのかもしれない。
もしかして既にあっしは彼のいうところの「オヤジ」になってしまっているのだろうか。
小さい小さい成功体験を積み重ねなさい。
みんなゼロなのさ、ゼロに1を足す努力を怠るな。
近道なんかありゃしない、ゼロにいくつかけてもゼロから抜け出すことはできないのだから。
いまのあっしにはとても身に染みるいい本だった。
1,000円近くもだしたくないなんていってしまって申し訳ありませんでした。
薄っぺらでペラペラのあっしにつきご勘弁ください・・・・。
そんなこんなでもう一冊。
さながらダークサイドはホリエモンといった感じだがその反対はライトサイトとでもいうのだろうか。
その代表格ともいえそうなのがサイバーエージェントの藤田晋ちゃんになるかもしれない。
決算説明会にお呼ばれしたことがあるがなんだかどこにでもいる普通のあんちゃんだったなぁ。
とりまきのおねえちゃんが実に眩しかったってことの方が強烈な印象として残っていてITバブル崩壊を乗り切ったという凄みは微塵も感じられなかった。
それでも著書の「渋谷ではたらく社長の告白」はなかなか面白かったと記憶している。
その本の出版社の社長でもある見城ちゃんとの共作の続編も読んでみた。
人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない/講談社

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前回の「憂鬱でなければ仕事じゃない」がなかなか興味深かったこともあってその続編ということで読んでみた。
親子ほど年の離れた見ちゃんと晋ちゃんだが互いに幾度も修羅場を乗り切ってきた本物同士、相通じるものがあるようで信頼しあっているようだ。
ある意味強烈なキャラクターの見ちゃんとかなり凡人に近そうな印象の晋ちゃんの頭の中身を少しだけ覗かせてもらうといった建てつけであろうか。
見ちゃんの前では確かに凡人に見えてしまう晋ちゃんだけどプロ相手に麻雀日本一になったりするほどの異常さをもっていたりするのでやっぱ普通じゃない。
経営センスとでもいうのだろうか、そういうものはホリエモンや見ちゃんに足元も及ばないような気がするがただ只管仕事に対する情熱は誰にも負けない的なものはありそうだ。
ひとがバカにしそうなことでもそこに真実を見出すことができればとことん追求する。
寝ても覚めてもそのことだけに集中するといった凄さはありそうだ。
ホリエモン、見ちゃんの前ではそれでもやっぱ凡人に見えてしまう。
なんだかんだいいながらもサイバーエージェントの社長として君臨しているのでやっぱ箔がついたということだろうか実に唸らされることば多数である。
見ちゃんと違った意見も多々あり今回も実に面白かった。
あっしの特技は我慢とか忍耐だと思っていた。
しかしそれをまったく活かしていないかもしれないということを思い知らされた。
ギャンブルには手を出せ!というところ。
ギャンブルに勝つためには自己抑制が必要だ。
それはビジネスや人生にもあてはまる。
誘惑に負けず、どう自分を律するかは、身をもって覚えるしかない。
見ちゃんいわく欲望のマネジメントだという。
それはある意味平凡な意見だが晋ちゃんの意見は実に実践的で興味深い。
人生それ自体がギャンブル的な要素の塊で常に勝負勘を求められているという。
ギャンブルは殆どの時間何も起こらない、所謂ツキが回ってくるのは全体の十分の一しかないという。
実に残りの九は歯を食いしばってじっと耐えるだけの時間だという。
なのでギャンブルとはほぼ精神修行なのだと。
これはビジネスにも通じているというのは見ちゃんと同じみたて。
勝手に解釈すると、人生なんて殆ど我慢我慢の連続でいい時なんて10年に一度あるかないかだ。
そしてその一瞬のツキといえそうな瞬間に判断を誤らずより大きくより持続できるものにできるかどうかは普段の生活をコツコツとまじめに腐らずできるかどうかにかかっている。
ギャンブル好きのあっしにとってそして株を生業としているあっしにとってさらには我慢とか忍耐は得意だと思っていたあっしを黙らせるには充分すぎた。
ようはギャンブルを娯楽だと思った時点で負けているとのことだ。
ギャンブルそしてただただ生きることをなめちゃいかんのだ。
適当に流すことと真剣に耐え忍ぶこととはまったく意味は違うのだ。
あっしにとって実に示唆に富み特にぐっと身に染みるくだりだった。
そして
「負ける」と「負けている」とはまったく別物である
100円が残っている限りそれはプロセスにすぎない勝ちでも負けでもない。
どんなに不利な状況でも敗北など訪れない。
100円が尽きた瞬間にそれは決定する。
弱気になってはいけないし諦めてはならない。
修羅場を乗り切ってきたもののことばだけに実に重みがある。
パチンコで最後の100円まで諦めるなとはまったく意味が違う。
今日は勤労感謝の日だったらしい。
幸い働く場所はある、感謝しきれない。
いろいろ悩みは尽きないがいまさらどうもこうもない。
必死に前進あるのみだ。
相場は決してアゲインストではない。
あとはオレしだい。