長らくお休みしてしまってごめんなさい。
母が、11月5日に他界しました。
マンザナの前半の旅から3日の夜遅くに帰京して、4日、母に会いに行きました。
調子は良いとは言えなかったけど、姉と3人でゴディバのチョコアイスを食べて、少しだけお話をして、そして明日またね。と、バイバイしてお別れしたその深夜でした。
9月17日に旅公演に出る日に会いに行き、
「ひと月半ほど会えないよ。絶対待っててね。」と言ったら、しっかりとうなづいてくれたその約束をどうやら果たして、安心したのだと思います。
眠っている間に、静かに息を引き取ったようです。
主治医の酒向先生に、「何か、したいことはありますか?」と質問されて、「死にたいです。」と答えた母。
自分で食べることも、座ることも、立つことも、トイレに行くこともできなくなってしまった自分を、いつもまわりに申し訳なく思っていたのは、私たち家族はみんな痛いほど感じていました。
それでも、私たち娘はまったく覚悟ができていなかったので、母は一生懸命リハビリをして、一生懸命食べようとして、私たちの期待に応えようとしてくれました。
その素直さ、思いやりの深さに関しては、娘の私が言うのもなんですが、天下一品の人でした。
酒向先生はじめ、看護師さん、療法士さんにも、
千代子さんは、私たちの癒し、元気の素なんですよ。と言ってもらった。
お世辞だとしてもとっても嬉しいお言葉です。
母に教えられたこと、『笑うこと。いつも幸せだと思うこと。愛しむこと。そして、それを続けること。』
お別れは、家族、親族だけで行いました。

お姉ちゃんたちと、お母さんの旅支度。

ちっちゃくなった母に、参観日でよく着てきていた着物を着てもらい、お気に入りのカチューシャもつけて。
ものすごく悲しいけれど、でも、近くに居る。
とよく人が言っていることは本当だなと感じています。
きれいな夕焼けを見た時、朝日を浴びた時、歌う時、舞台に立つ時、…。
いつも母が共にいる。そんな気がします。
いつもいつも、私はシアワセ。と言っていた千代子さん。

もしまた生まれ変わっても、あなたの娘でいたいです。

お母さん。
ありがとう。