上の子下の子観察記

上の子下の子観察記

ADHD特性&たぶんASD要素あり、そこそこ高IQで2E寄りな上の子小5と、たぶんそこそこ高IQで定型ぽい下の子小1、たぶん自分も2E寄りな気がする母(書き手)の日々の話。上の子はZ会中学受験コースを受講中。塾なしでどこまでいけるか伴走に奮闘しています(主に夫が……)。

ご飯前の時間、そろそろ片付けてご飯だよ、と何度か警告をしていて、さてこちらの準備できまして。


私「できたからテーブル片付けて配膳手伝ってー」

上の子「もー!わかってるって!」

私「えーそんな言い方しなくていいじゃーん。」

上の子「だってぇ(モニョモニョ)」

私「なんかイライラしちゃう感じ?」

上の子「……(こくり)」


お?(ニヤニヤ)


私「ナニナニ、反抗期?」(ニヤニヤ)

上の子「えー、そうかなぁ」

私「赤飯炊いてやろっか😏」

上の子「絶ッッッ対ヤダ💧」

私「ホールケーキに「反抗期おめでとう」ってプレートつけてもらっ……」

上の子「もっと嫌っ!!もー!!!」


どうやら、まだまだ片足突っ込んだだけのようです(笑)



更に風呂上がり。


うちは髪の毛長いのもあって、風呂上がりは吸水キャップ使用なんですけど、なんか片目が隠れて鬼太郎みたいになってる。


私「……何やってんの?💧」

上の子「片目隠れてんのカッコいいじゃん!」

私「www」←既に笑いが堪えられてない

上の子「何よー!伊達政宗みたいでカッコいいでしょっ!」


ほんとに子供ってこんなこと言うんだ、本日2回目。(笑)

やだ子育て面白い。(笑)


ちなみにその後自分で鏡見て「あ、こりゃ変だわ」とか言ってました💦


いやー、赤ちゃん時代に「バブゥ」って言ってたのと同じくらい面白かった(笑)

↑「ほんとに赤ちゃんってバブゥって言うんだ!」ってこれも感心(?)してた。ちなみに下の子はほとんど言わなかったので子供によるみたいです


こちらに余裕がないと楽しめないんですけどね。疲れてる時は止めていただけるとありがたいけども。


いやー、またこれからが楽しみですわー。

先日の授業参観、特に下の子のクラス見てて思いました。


いやこのシステムは無理がある……!


下の子は児童書(ホネホネとかですけどね。)を黙読できる子で、漢字も総ルビなら対応してます。Z会国語のテキストなら「おうちのひとに よんでもらいましょう」はスルーしてサクサク自分で進めるくらい。


一方、保育園は教育機関じゃないので、特に保育園卒の子で文字に興味を持たなかった子はひらがなカタカナの読み書きも覚束ない子だっているわけで、スタート地点が違いすぎる。


算数だって同じで、数を数えることも怪しい子もいれば、公文や算盤も含めて加減乗除はお茶の子さいさいみたいな子もわらわらいる。


……という状況下において、全員を満足させる指導とかそりゃできないでしょう!!!😵



ある意味で下の子は恵まれていて、私・夫・上の子が全員いわゆるお勉強できるタイプ、かつ「まぁ学校は暇だわな。楽しいことは自力でやるんだろ」が共通認識で、いかに目をつけられないで暇をつぶすかを議論するような家なので「まぁそんなもん」で済むわけですが。(笑)


この前は「地図帳でしょうもない名前/自分の名前と似た名前を発見する」について語ってたりとか。


私は歴史便覧と国語のほかのところのお話読んでましたけどね……💦💦

あと算数の練習問題とか考えてみよう!のコーナーとか。


上の子の学年に至っては、算数上級クラスは子供たちの能力(塾でブーストしてるのも含む)に比して学習指導要領の進度が遅すぎるから、前半に算数の問題出して解けた子からなぞなぞチャレンジ!(算数関係ないやつ)とかして遊んモチベーションを高めている兼スピード調整しているらしいし。ある意味で先生も児童も割り切っている💦💦


んー、せめて一年生から習熟度別にするか、自分で判断して1年早めor1年遅らせることができるようにするとか(欧米あるある)、やったほうがいいと思うんだけどなぁ……日本では「うちのコはできるはず!」勢が湧くんだろうかなぁ……😶

上の子は学年初、下の子は初めての授業参観。


上の子


おお、なんか授業ぽい(笑)

そして椅子カタンカタンも隣に無駄に話しかけもしないでちゃんと授業に参加している…っ!(感涙)

しかしアレだ、「みんなどう?」って言われたらいの一番に声を上げて参加、いいことなんだけどっ、いいことなんだけどほかの子にもうちょっと機会を譲ろうか……💧

まぁアレよ、「ティッシュの箱の形を考えてみよう」という授業で、先生から問われたのちに「しかくー」って答えるべきところ、問われもせずにティッシュ出した瞬間「直方体!」とか言ってた頃より進化したわね……💧💧💧


授業後

「おかーさん、今日やったとこ忘れてるから家で復習したい…」

デスヨネ。微妙にキレが悪いと思った(笑)

がんばれ復習。


下の子

みんなちっちゃ!!可愛っ!!←5年生から移動してきたから


本人は……暇そう💧

真面目だからちゃんとやってるけど、顔つきの端々が暇そう💧

まぁ、音読「まず先生が読むね!」からスタートされても、、ですよねぇ、ええそうですよねぇ暇ですよねぇ、、


2年生までだいたいこんな感じやで。がんばれ。。

旦那がPTAの懇親会に行って、クッキーをいただいてきたと。(うちは旦那がPTA担当)


「手作りなんだってー。なんかアルコール飛ばしきれなくて子供はダメらしいし、アナタが食べなよー」


と私にくれたのでありがたくいただいたんですが(まぁ美味しかった)、どーも微妙にモヤっとしたわけ。(笑)



なんだかな?と思ったんですが、アレですね


「お菓子作れる女子力高い私☆」

「でも完璧には作れなくてドジっ子なの☆」


がなんとなく透けて見えるからですね(笑)

(あと人のダンナに何アピっとんねんってのもちょっとある。出席者全員に配ってたみたいなので別にうちの旦那がタゲられてるわけではないのは理屈としてはわかっているけども、だ。)



ってか、思ったんですけど。


私、知り合いが「私お菓子作り趣味で、よかったらもらってくれる?」って言われたらわりと狂喜乱舞しながらもらう人でして、人の手作りが嫌いなわけではないです。


が、


〇ほぼ知らん人から

〇初対面に近い場面でいきなり

〇市販のラッピングペーパーに比較的雑に包んだ

〇「あまり上手にできなかったんですけど、よかったら」


のお菓子はヒトのダンナ云々は置いといても、そもそもいらないわー。


基本アレよ、私、感情を強制されるの嫌いなのよ💧


「ありがとうございますぅ、いえいえ美味しそうじゃないですかー、お菓子作れるんですか?すごいですね!私なんかご飯だけでも大変なのにー」


って、言わないといけないじゃん💧


間違っても

「不出来だと思ってんなら持ってくんな」


とか言えないじゃん(笑)


持ってきてもらって嬉しいと思うような相手って、不出来だったら持ってこないってわかってて、謙遜はあれど美味しいからお裾分けしてあげようって思ってくれてるのわかるからありがたくいただくんだけども。。


……って話を旦那にしたらば、だ


「たしかに、その場で「料理はできるけどお菓子はなかなか!」「すごーい」って声が上がっていた」

と。


でしょ。💧

むーん。。

9歳の壁を突破する読書…夢中と「適切な負荷」で成績アップ


子供の「読む力」の成長は、なめらかな一本道ではなく、段階ごとに「フェーズの壁」が存在する。たとえば、「かいけつゾロリ」のような絵が多くテンポの良い本は読めても、挿絵が減り文字数や地の文が増えると手が止まってしまう子供も少なくない。

 これは、読書が嫌いになったというより、語彙の抽象度が上がる「9歳の壁」、長編に挑む「文字数の壁」にぶつかっている状態だという。

 壁を乗り越えるカギは2つある。1つ目は、本の世界に浸り時間を忘れるリーディングゾーンに入ること。時間を忘れるほど本の世界に深く入り込む経験は、「もっと読みたい」と、次の1冊へ向かう原動力になる。そして、夢中になれる本であれば、多少の知らない言葉や長さも乗り越えて挑戦できるようになる。

 2つ目は、今の力で読める範囲内での適切な負荷(ほんの少しの背伸び)。楽に読める本ばかりでは力が伸びず、難しすぎる本は挫折の原因になる。知らない単語が0.7~1.9%ほど含まれる本が、語彙学習に効果的だとする研究もある(出典:猪原敬介「科学的根拠(エビデンス)が教える子どもの『すごい読書』」)。

この前アフターゾロリっぽい話を書いたんですけど、この記事見てあ、そうそうコレコレ!!ってなったんで置いておきます。

(私が書いたやつ↓)

そして下の子、この記事読む限り、アフターゾロリってより、9歳の壁に近いかもしんない。
そして結局面白い本を探せてないのが問題なんですよねえ💧

上の子はある意味でスルスルとうまく壁を乗り越える出会いがあって、たぶん9歳の壁はポプルとトリプルゼロで、最後のハリポタの壁は浜村渚で超えたっぽい。去年からずーっと「そろそろYAもいいんでは」と言い続けて早1年、やっと納得したようです💦kzもdeep fileに入ったし。。

不登校の話をちらほら読んで、


かつ、


あー学校の勉強ダルー、Z会だけしてたーい


などというゼータクなことをいう娘たちを抱えている親なわけですが。(笑)

(私なんか親も教えてくれなかったし知識を得られるのは基本的に学校しかなかったからなー。)


(私の話)


まぁ、現在のところ、我が家では4教科+音楽あたりは小学校レベル(教科により中学受験レベル)までは親も教えられるし習い事や通信教育もあるし別に「テストを受ける」という点において学校が必要かというと別に必要でもないよなぁ、なんて親の方も思っていたりするわけで。


ついでにいうと「みんなと仲良くやっていくスキル」なんていうのを身につけるのもそんなに優先順位が高くないと思っていて、というのも私自身が小中高とクラスに仲良しさんがいることのほうがレアだったので。💧

同じ理由で、運動会学芸会あたりのクラスの結束云々とかもわりとどうでもいい。

※どうでもいいというのは「楽しめればそれはそれで素晴らしいことだと思うけれど、楽しいと思わなかったとしてもそんなもんじゃない?」って意味です。


で、親になって「学校ってすげーー!!!」って思うのはそういうところではなくて、アレはテストのための教育ではなくて教養教育なんだなー、ってことです。


初めてプレパラートをつくって自分の力でミクロの世界をのぞいてみたときの感動

俳句や詩、物語を自分で書いてみる楽しさ

教科書通りにすると実際に化学反応を起こす驚き

算数オリンピックの問題が解けた!とか、

実際に街を歩いてみて地図と現地を照らし合わせ、同じだ!と喜んでみたり

身体や道具を使ってダイナミックな体育や図工を楽しんだり


そういう、原体験、実体験みたいなものは「子供〇〇デー」的なものにわざわざ行かなくても学校で時間をかけて丁寧にやってくれるし、継続的に子供を見守ってくれる先生だからこそ細やかに教えられるし、塾や親ではなかなか提供できない価値だなー、と思います。

図工とか体育とか私下手くそだったからすごい嫌いだったけど、時代や地域の違いもあると思うけど子供みてると「苦手なら苦手なりに楽しめばいいじゃん」って感じがわりとある気がするし、本来の授業でやる図工や体育ってそういうもんだと思う。



あとは通級とかカウンセリングとかに繋げるとか、社会生活の面も、学校ならではの価値ではあって。


「仲良くやっていく」は前述のとおりわりとどうでもいいと思うんですけど、「社会生活をそこそこ無難に過ごせるスキル」は私も血涙を流しながら身につけたところがあって、そこはある程度知識面+実践の荒波に揉まれないとどうにも育たないスキルでもあるんですよね。


その点において、知識としてスキルを明文化してくれたりサポートしてくれたりする通級やカウンセリングを受けつつ、ある程度大人の目が行き届くなかで実践も積めるというのはいい環境だなーと思います。


(いやその指導役となるべき大人が信頼できる人かどうかみたいなのがわりと大事だったりするわけですけども、まずはシステムとしての話)



なのでまぁ、学校ってやっぱ行けるなら行ったほうがいいと思うんですよねー。


あ、行くメリットが行かないメリットを通常時であれば大きく上回りますよね、ってだけで、行かないことでやっと精神の安定が保てるみたいなときに無理していく必要はないと思うんですけど。


「体温が40℃あろうが骨折してようが槍が降ってようが行くべし!」


なんぞということではない、というのとそこは同じかなーと思います。

諸事情で平日のお昼の時間にポコっと時間が空いて、しかも一人で駅ビルにいたんですよ。


やることもないからちょっとそのへんをフラフラしてたら、「シールコーナー 在庫はあるだけです」って書いてあって、えーまさか幻のボンドロでもあったら子供らに買っていってやってもいいかなぁ(これまで買いに行ったことがないので)と思ってざーっと見てみたら、ボンドロはなかったけどウォーターシールは複数あって。


ほかのぷくぷくシールの半分くらいの量で500円とかいうのをみてたっかい!と思いつつ、たしかこれも大人気だったよなぁと、目についたやつを2つ(一人1つずつ)買ってみました。


私「ボンドロはなかったですよねー?」

お店の人「ないんですよー。ウォーターシールも少ないんですけど、さっき出したばかりで。買えてよかったですね!」


あーやっぱそういう感じなんだ……💦💦

いやーほんと流行すごいなーと思ったし、あとは今後、何冊もボンドロやらウォーターシールやらでいっぱいになったシール帳を持ってる子たち見ると「あらーお金持ち……」って感想になりそう。(笑)



帰宅後に2人に渡すと「憧れのウォーターシール!!!」って飛びあがって喜んでまして、あー通りすがりに目についたの買ってきた程度でこうやって喜んでくれるなら買ってきてよかったなーって思いますけど、何万円も投資したり何時間も探したりする気にはやっぱならないなぁ。。


まぁ、子供もそこまで切羽詰まってシールがないと友達作れないみたいな感じでもなく、適度な温度感で楽しんでいるようなので、というのもありますけれど。


シールとしては確かに可愛いんで、いろいろ考えるなぁと感心したりなど。

何の話からそうなったかは忘れたんですけど、たぶん「AIが全部翻訳してくれるなら別に語学学ばなくてもよくない?」みたいな話から。


私「いや、語学って文化を学ぶ場でもあるから」

上の子「どういう意味?」

私「例えば二人称は日本語には無数にあって、英語にはYOUしかなくて、ドイツ語にはduとSieがある。で、Sieは日本語に直したときに敬称だと言われることがあるんだけど、ちょっと違う」

上の子「あ、英語だと先生にも敬語使わないみたいなことの話?」

私「そうそう、近い。でもドイツ語の場合は敬意ではなくて相手との距離感で決める。」

上の子「へぇ、日本語だと上下関係で敬語かどうか決まるけど、ドイツ語では上下関係なく心の距離で決まるってこと?」

私「そう、だから敵対組織のスパイには心理的距離が遠いからSieを使う。「てめぇ何しやがんだ!」って日本語でいうシーン、ドイツ語習った日本人には「貴方は何をされたのですか?」に聞こえちゃう(笑)」

上の子「ウケるw」

私「あと英語で話すときに人格が変わるとかもあるあるなのよね。あのパパが微妙にウェイ系になるんだぞ、ヘイ!とか言っちゃって(笑)」

旦那「いや英語だから仕方ないじゃん……」

上の子「www」


語学って好き嫌いはともかくとしてそうやって文化の違いがはっきり出てくるものなので、AI時代でもちゃんと勉強すると面白いし学びになるよ、なんぞという話をしたりしたのでした。

豊臣兄弟!を毎週律儀に見ている上の子。


いまだに、織田信長以上のイケメンを見出せていないらしく、「桶狭間じゃー!」がカッコよかったと。(笑)


えー、中の人、イケメンだけど私と同年代だぞ。💦💦



とか言ってる私は大学生の頃緒形拳がカッコいいと惚れ惚れしてたので、親子してジジ好みなのかもしれない(イケオジ、イケジジに限る)。。(笑)



ちなみに、なんとなーく他のことしながらたまにチラチラ見てる私は高虎可愛いなーって感じです💦

国会にしろ自治体の議会にしろ業界の諸々やらそれぞれの企業にしろ。


大抵、ニュースやらで意思決定層が集まる場面の写真や動画を見ると、ほぼ50代以降の男性しか目に入らない、よく見ると申し訳程度に若い人や女性がちらほらいる、みたいなことが、いま大半でありまして。


しかも、プロフィール見ると東京と関西の大学卒が8割9割だったり、その中でもよく出てくる高校が決まってて、せいぜい数校程度だったりするんですよね。




なんかね、1度目の育休を終えたくらいから、その光景に私ものすごく違和感を感じるようになったんですよ。


私は地方出身の女性で、子供もいて、育休取って専業主婦の生活もちょっとかじったから、ってことだと思うんですけど、えっ、こんな年代も出身も性別も似たような人たちだけでなんでいろいろ私らのこと決めてんの?って思ってしまって。


地方のことも女性であることも主婦業があることも全て、私が育って生活している空間はそこには存在しないことになっていて、関東や関西の有名大学を卒業して仕事一筋に30年以上働いてきた人たちが、基本的に東京あたりのお洒落なビルの中で、数字だけで私たち(地方、女性、要配慮者、生活者)を分析してルールなり製品なり世論なりを作っている、っていうのがなんかめちゃくちゃ気持ち悪いな、って。



で、一方でこれ、「実力主義」の成果なんですよ。


一生懸命勉強していい大学に入り、一生懸命仕事をして意思決定層に仲間入りをした、功成り遂げた選ばれし人たちだけがそっち側にいけるので。



でね。


それでいいの?って強烈に思うようになったんですよね。


小学校からハイレベルの勉強ができる環境、切磋琢磨できる仲間がいて

中高一貫校でさらに磨き上げられ、いい大学に入って仕送りの額や学費の支払いや就活の費用なんか考慮することもなく納得できる企業に入り

ケア労働どころか生活者としての目線すら得る必要もなく仕事に邁進でき。


それって実力なの?って。


いや私がもっと頑張ればそっち側にいけたはずとかそういうことを思ってるんじゃなくて、あまりにその「実力」とやらは環境依存すぎるし、逆に言えば環境が整った世界しか見てきてない人たちしか入れない「実力主義」から発されるルールとか成果って、その環境にいない人からしたら全く使えないとは言わないにせよ解像度が低すぎるんでは?っていう。



例えば授乳室って定期的に炎上してますけど、あれも「授乳室」に対する解像度が低いままとりあえず設置したり企画したり利用させたりしたせいだと思うんですよ。


もちろんアンケートとか実施してるんでしょうけど、みんな思いを全てを言語化するわけじゃないから、使ったことない人には「授乳室が必要」という声は届いても


〇赤ん坊連れは荷物がめちゃくちゃ多い

〇授乳前後におむつを替える(からおむつ替え台と手荷物置き台が欲しい)

〇胸部をもろ出しにする無防備な格好であり、外から開けられたら痴漢と一緒

〇だいたい赤ん坊には待て暫しが通用しない

〇20分くらい同じ姿勢で赤ん坊をささえ続けるのでせめて肘掛けは欲しい


なんていう細かいところまでイメージできないから、人気のないところの壁際にカーテン1枚で仕切って中には椅子がぽつんと1つあってベビーカーすら入らないみたいな授乳室(?)を設置して「利用者いないなー」とか言ってる、みたいなことになる、っていう。正直使う側からしたらそんなんなら車の中とかで目隠しシートして授乳ケープつけて授乳したほうがなんぼかマシ、みたいな。



でね。


本題に戻りますけれど、有名大学の「女子枠」「地方枠」って、意思決定層にマイノリティを送り込むためにはどうしても必要なんだと思うんですよ。


女性でも授乳したことない人は授乳室の細かいことは知らないと思うし、地方出身でも18から都会で暮らせば都会に染まっていく、それはそうなんですけど、本気の「実力主義」にした成果がほぼ50代以上の男性関東関西出身有名大学卒ケア労働やってません、という異様なまでに同質性の高い集団になっている以上、それ以外の人を意思決定層に無理矢理にでも突っ込む、という点を重視すると、とりあえず優先的に大企業あたりが欲しがるであろう最終学歴を地方出身とか女性にある程度割り振るのがわりと合理的だと思うんですよね。


別の言い方をすれば、大学で彼らとの共通言語、思考回路を身につけた通訳者としての立ち位置が求められていると思うんですよ。彼ら彼女らが社会人になった暁には。


まぁここまでの話をひとことで言うとダイバーシティってことなんですけど(笑)


男女差は多少減ってきているような実感はあるけれど、まだまだ女性は補助業務や家事に従事する事が多いし、昔に比べてあまりにもね、地方と都市部の格差が広がりすぎているし。


ちょっと高校卒業あたりで下駄をはかせないと意思決定層のバランスが今以上におかしくなる、という危機感、本気で持ったほうがいいと私は思っています。