国会にしろ自治体の議会にしろ業界の諸々やらそれぞれの企業にしろ。
大抵、ニュースやらで意思決定層が集まる場面の写真や動画を見ると、ほぼ50代以降の男性しか目に入らない、よく見ると申し訳程度に若い人や女性がちらほらいる、みたいなことが、いま大半でありまして。
しかも、プロフィール見ると東京と関西の大学卒が8割9割だったり、その中でもよく出てくる高校が決まってて、せいぜい数校程度だったりするんですよね。
なんかね、1度目の育休を終えたくらいから、その光景に私ものすごく違和感を感じるようになったんですよ。
私は地方出身の女性で、子供もいて、育休取って専業主婦の生活もちょっとかじったから、ってことだと思うんですけど、えっ、こんな年代も出身も性別も似たような人たちだけでなんでいろいろ私らのこと決めてんの?って思ってしまって。
地方のことも女性であることも主婦業があることも全て、私が育って生活している空間はそこには存在しないことになっていて、関東や関西の有名大学を卒業して仕事一筋に30年以上働いてきた人たちが、基本的に東京あたりのお洒落なビルの中で、数字だけで私たち(地方、女性、要配慮者、生活者)を分析してルールなり製品なり世論なりを作っている、っていうのがなんかめちゃくちゃ気持ち悪いな、って。
で、一方でこれ、「実力主義」の成果なんですよ。
一生懸命勉強していい大学に入り、一生懸命仕事をして意思決定層に仲間入りをした、功成り遂げた選ばれし人たちだけがそっち側にいけるので。
でね。
それでいいの?って強烈に思うようになったんですよね。
小学校からハイレベルの勉強ができる環境、切磋琢磨できる仲間がいて
中高一貫校でさらに磨き上げられ、いい大学に入って仕送りの額や学費の支払いや就活の費用なんか考慮することもなく納得できる企業に入り
ケア労働どころか生活者としての目線すら得る必要もなく仕事に邁進でき。
それって実力なの?って。
いや私がもっと頑張ればそっち側にいけたはずとかそういうことを思ってるんじゃなくて、あまりにその「実力」とやらは環境依存すぎるし、逆に言えば環境が整った世界しか見てきてない人たちしか入れない「実力主義」から発されるルールとか成果って、その環境にいない人からしたら全く使えないとは言わないにせよ解像度が低すぎるんでは?っていう。
例えば授乳室って定期的に炎上してますけど、あれも「授乳室」に対する解像度が低いままとりあえず設置したり企画したり利用させたりしたせいだと思うんですよ。
もちろんアンケートとか実施してるんでしょうけど、みんな思いを全てを言語化するわけじゃないから、使ったことない人には「授乳室が必要」という声は届いても
〇赤ん坊連れは荷物がめちゃくちゃ多い
〇授乳前後におむつを替える(からおむつ替え台と手荷物置き台が欲しい)
〇胸部をもろ出しにする無防備な格好であり、外から開けられたら痴漢と一緒
〇だいたい赤ん坊には待て暫しが通用しない
〇20分くらい同じ姿勢で赤ん坊をささえ続けるのでせめて肘掛けは欲しい
なんていう細かいところまでイメージできないから、人気のないところの壁際にカーテン1枚で仕切って中には椅子がぽつんと1つあってベビーカーすら入らないみたいな授乳室(?)を設置して「利用者いないなー」とか言ってる、みたいなことになる、っていう。正直使う側からしたらそんなんなら車の中とかで目隠しシートして授乳ケープつけて授乳したほうがなんぼかマシ、みたいな。
でね。
本題に戻りますけれど、有名大学の「女子枠」「地方枠」って、意思決定層にマイノリティを送り込むためにはどうしても必要なんだと思うんですよ。
女性でも授乳したことない人は授乳室の細かいことは知らないと思うし、地方出身でも18から都会で暮らせば都会に染まっていく、それはそうなんですけど、本気の「実力主義」にした成果がほぼ50代以上の男性関東関西出身有名大学卒ケア労働やってません、という異様なまでに同質性の高い集団になっている以上、それ以外の人を意思決定層に無理矢理にでも突っ込む、という点を重視すると、とりあえず優先的に大企業あたりが欲しがるであろう最終学歴を地方出身とか女性にある程度割り振るのがわりと合理的だと思うんですよね。
別の言い方をすれば、大学で彼らとの共通言語、思考回路を身につけた通訳者としての立ち位置が求められていると思うんですよ。彼ら彼女らが社会人になった暁には。
まぁここまでの話をひとことで言うとダイバーシティってことなんですけど(笑)
男女差は多少減ってきているような実感はあるけれど、まだまだ女性は補助業務や家事に従事する事が多いし、昔に比べてあまりにもね、地方と都市部の格差が広がりすぎているし。
ちょっと高校卒業あたりで下駄をはかせないと意思決定層のバランスが今以上におかしくなる、という危機感、本気で持ったほうがいいと私は思っています。