赤信号、みんなで渡れば怖くない。
我が身を団体に隠して自分の意見を言わず、言えもせず
たとえ問題が起きても誰も責任を負わない。
日本人は姑息だ。
しかし、ひとりで出来ないのなら、もうそれでもいい。
おい、記者クラブ!
おい、マスコミ!
団体行動でいいからやれ!
安倍批判、みんなでやれば怖くない!
どどいつの無責任直感ブログへようこそ!
●●●
まずはお詫びから。
ご遺族の皆様、本当に失礼をいたしました。謹んでお詫び申し上げます。
以前、このブログに「自殺するほどの勇気があるなら堂々と人前に出てすべてをぶちまけろ!」と書いた記事を投稿した事がある。それはもちろん、森友事件に関する財務省の公文書改ざんを直接担当させられた近畿財務局の職員が自殺したというニュースを見て、その時の気持ちをストレートに書いたものだ。
(『はっきり言って。。。』2018年3月12日 https://ameblo.jp/doitsunododoitsu/entry-12359596181.html)
実は、かく云う【どどいつ】もこれまで何度か自殺を(チラリとではあるものの)考えた事がある。もちろん、いまここでこれを書く事ができているように、その度に思いとどまった。
その理由は。。。
自らの命を断つのは、尋常ではない勇気が必要で、とんでもなく怖いことであり、とてもじゃないが自分にはその時には出来なかったから。
そんな経験をしていたが故に、「改ざんを苦に自殺」のニュースを聞いて、いざ本当に自らの命を断つことが出来るぐらい勇気があるのなら、ことの真相を公にぶちまけたらいいじゃないか、と思ったのだ。
しかし、今回、週間文春が公開した、自殺された近畿財務局職員の遺書の全文を読んでみて納得した。当時、当該職員には真相をぶちまけるために必要な体力はなく、それをやれるだけの精神状態でもなかったということがわかったからだ。現実的に不可能だった。そして、ところが、そんな状況であるにもかかわらず、当該職員は手記を残し、遺書を残していた。つまり、自殺された近畿財務局職員は、すべてをぶちまけていた!
その後、佐川理財局長(当時)の罪と、ひいては安倍晋三の責任を明確にすることになるその文書は世に出てこなかったが、今回、森友事件発覚から3年、当該職員の自殺から2年の時を経てそれが世に出た。
自分の命を断つと決心した人の最後の言葉に嘘はない。今回、当該職員の妻が国と佐川を相手取り裁判所に訴えを起こしたが、これによって佐川には正当な裁きが下されることになるだろう。安倍の失脚も必携だ。
もし仮にそうならなかったとしたら、あるひとりの国民が、しかも実直な国家公務員が、自分の命と引き換えにした証言まで握り潰してしまうような裁判が行われるとしたら、日本の司法に存在価値はない。
ちなみに、個人的に今回の文春の記事の中で最も面白い(この表現は不謹慎かもしれないが、他に書き用がないので悪しからず)と思った箇所がある。それは、当該職員の夫が自殺したあと、妻が財務局への就職(いい給料での口封じ?)を持ちかけられたが、佐川の秘書ならやってもいい、そしてお茶に毒を盛ってやると言って断わったという逸話。
奥さん、肝が座っている。







