地震時は港区のオフィスにいました。四階。もうぐわんぐわん、酔うくらいの揺れで、机の下に避難。揺れが収まってからしばらくたって、ビルの館内放送がありました。避難訓練は何度かしてるけど、まさか本当に避難する日が訪れるとは思いもしませんでした。
会社のビルの真ん前はレインボーブリッジなのですが、車は全て停まっており、お台場からは黒い煙が。テレコムセンターが燃えてる、と聞いてびっくりしました。
余震がおさまり、一時間くらい?で一旦オフィスに戻ることに。ビルの耐震性はばっちりですから安心してください、と放送あり。
ただ、高層階の会社の人は二階の共有スペースを開放してるので使ってくたさい、とも言っていました。
余震はひどいし、仕事をする気分にはなれなかったんですが、仕事するしかない…てことでただ黙々と仕事してました。お子さんがいる上司の方々は家族と連絡がとれない、としきりに言って心配していました。
定時を過ぎると、帰れるひとは帰ろう、ということに。会社がタクシーチケットを配ってくれました。乗り合わせて帰ろう、と近くの人でチームになり、私は先輩と後輩の三人女チームで帰ることに。
しかし甘かった…既にタクシーは回送か乗車中ばかり、田町駅までいくと、タクシー乗り場にすごい行列が。行けるとこまで歩きながらタクシーを探そうということになり、後輩が印刷した地図をたよりに東京の街をひたすら歩きました。
ニュースなど全く把握しておらず、不謹慎だけど若干ハイなノリで歩きました。東京タワーを写真に撮ったり…現実を受け入れる余裕が、逆に無かったのかもしれません。
先輩が会社からたくさん持ってきたビスケットを食べながらひたすらあるくこと三時間!
目の前には新宿のネオンが。
人ってすごいなー!とこれまたハイなノリで、でも足はもうくったくたの状態でたどり着いた新宿は、人で溢れていました。もちろん期待していたタクシーなんてすぐに乗れるはずも無く…でも並ぶしか、今は術がないということで、長蛇の列の最後尾に並びました。すると前の人からダンボールのはし切れを渡されました。そこには「タクシー最後尾」の文字。誰が用意したのかわからないけれど、素晴らしいな、と関心しました。そこからは耐久戦か、と思っていたら、なんと!京王にむけて人が流れ始めたじゃありませんか…。時間は午後11時頃。帰れる!!
中央線沿線に家がある後輩は、私のうちに泊めることに。旦那さんが会社の人の家に泊まるということだったので、かえってひとりじゃないのは心強く、お互いプラスだったんじゃないかと思います。
まぁ、怒涛の残業ウィークの最終日で家の中がぐっちゃぐちゃ…てのが最大の難点でしたが
(´Д` )
京王線は各停運行だったので、家にたどり着いた頃には12時をまわっていました。
幸い、というか拍子抜けするくらい、家の中は普段通りでした。さすが23区外…。
お風呂に入って、テレビをつけて、初めて東北の被害を知りました。
ええええ
想像していた以上に被害は大きく、3時間、ウォーキングの延長みたいなノリでいた自分を恥じました。同じ時間、生きるのに必死な人もいたのに。
2時過ぎにはぐっすりと寝て、本当は7時くらいに起きる予定だったのに結局8時に目が覚めました。後輩を歩いて駅まで送ろうとしていたところに旦那さんから帰宅のメールがあり、車で送ってあげました。(バイクも車も免許持ってるくせに人を乗せられない・・・無力・・・)
快晴の空 東京の下町はいつも通りの景色で
ただ、流れてくるラジオのニュースはいつもと全く違っていました。
土日は遠出をするのもなんだか恐いので、家で家事をしたり、大人買いした聖☆おにいさんを読んで過ごしました。旦那さんは普通に居合の稽古にも出かけてました。
明日は月曜日。今日、朝8時からのミーティングが決定したと連絡がありました。6時には家を出なければ・・・。まあ、文句も言っていられないわけです。
物質的な被害も少なく、健康な自分ができることは、いつも通り会社で働くことくらいだから。
・・・にしてもちょっと、平和な多摩地区の平屋からわざわざ海岸の埋め立て地のビルに通勤したくないってのが本音ですけどね・・・(苦笑)。
とりあえず 歩きやすい靴を早く買わねばなー。
被災者の皆さん、お見舞い申し上げます。
関東の皆さん、停電対応がんばりましょう。
岡山の皆さん、どいつ家への救援物資はコチラ!(嘘)
会社のビルの真ん前はレインボーブリッジなのですが、車は全て停まっており、お台場からは黒い煙が。テレコムセンターが燃えてる、と聞いてびっくりしました。
余震がおさまり、一時間くらい?で一旦オフィスに戻ることに。ビルの耐震性はばっちりですから安心してください、と放送あり。
ただ、高層階の会社の人は二階の共有スペースを開放してるので使ってくたさい、とも言っていました。
余震はひどいし、仕事をする気分にはなれなかったんですが、仕事するしかない…てことでただ黙々と仕事してました。お子さんがいる上司の方々は家族と連絡がとれない、としきりに言って心配していました。
定時を過ぎると、帰れるひとは帰ろう、ということに。会社がタクシーチケットを配ってくれました。乗り合わせて帰ろう、と近くの人でチームになり、私は先輩と後輩の三人女チームで帰ることに。
しかし甘かった…既にタクシーは回送か乗車中ばかり、田町駅までいくと、タクシー乗り場にすごい行列が。行けるとこまで歩きながらタクシーを探そうということになり、後輩が印刷した地図をたよりに東京の街をひたすら歩きました。
ニュースなど全く把握しておらず、不謹慎だけど若干ハイなノリで歩きました。東京タワーを写真に撮ったり…現実を受け入れる余裕が、逆に無かったのかもしれません。
先輩が会社からたくさん持ってきたビスケットを食べながらひたすらあるくこと三時間!
目の前には新宿のネオンが。
人ってすごいなー!とこれまたハイなノリで、でも足はもうくったくたの状態でたどり着いた新宿は、人で溢れていました。もちろん期待していたタクシーなんてすぐに乗れるはずも無く…でも並ぶしか、今は術がないということで、長蛇の列の最後尾に並びました。すると前の人からダンボールのはし切れを渡されました。そこには「タクシー最後尾」の文字。誰が用意したのかわからないけれど、素晴らしいな、と関心しました。そこからは耐久戦か、と思っていたら、なんと!京王にむけて人が流れ始めたじゃありませんか…。時間は午後11時頃。帰れる!!
中央線沿線に家がある後輩は、私のうちに泊めることに。旦那さんが会社の人の家に泊まるということだったので、かえってひとりじゃないのは心強く、お互いプラスだったんじゃないかと思います。
まぁ、怒涛の残業ウィークの最終日で家の中がぐっちゃぐちゃ…てのが最大の難点でしたが
(´Д` )
京王線は各停運行だったので、家にたどり着いた頃には12時をまわっていました。
幸い、というか拍子抜けするくらい、家の中は普段通りでした。さすが23区外…。
お風呂に入って、テレビをつけて、初めて東北の被害を知りました。
ええええ
想像していた以上に被害は大きく、3時間、ウォーキングの延長みたいなノリでいた自分を恥じました。同じ時間、生きるのに必死な人もいたのに。
2時過ぎにはぐっすりと寝て、本当は7時くらいに起きる予定だったのに結局8時に目が覚めました。後輩を歩いて駅まで送ろうとしていたところに旦那さんから帰宅のメールがあり、車で送ってあげました。(バイクも車も免許持ってるくせに人を乗せられない・・・無力・・・)
快晴の空 東京の下町はいつも通りの景色で
ただ、流れてくるラジオのニュースはいつもと全く違っていました。
土日は遠出をするのもなんだか恐いので、家で家事をしたり、大人買いした聖☆おにいさんを読んで過ごしました。旦那さんは普通に居合の稽古にも出かけてました。
明日は月曜日。今日、朝8時からのミーティングが決定したと連絡がありました。6時には家を出なければ・・・。まあ、文句も言っていられないわけです。
物質的な被害も少なく、健康な自分ができることは、いつも通り会社で働くことくらいだから。
・・・にしてもちょっと、平和な多摩地区の平屋からわざわざ海岸の埋め立て地のビルに通勤したくないってのが本音ですけどね・・・(苦笑)。
とりあえず 歩きやすい靴を早く買わねばなー。
被災者の皆さん、お見舞い申し上げます。
関東の皆さん、停電対応がんばりましょう。
岡山の皆さん、どいつ家への救援物資はコチラ!(嘘)