椿屋が解散を発表。
2010年の大みそかに仙台でやったワンマンカウントダウンイベントが最後だったそうです。
あぁ・・・そうかぁ。
正直、『薔薇とダイヤモンド』のへんから遠ざかってたので、なんだかショック、というより旧友の訃報を耳にしたような(旧友ひとりも死んだ経験ありませんけどね!)感覚に陥りました。
なんだかんだ、出てる作品覇『深紅なる肖像』以降も全部買ってきたし、最近旦那さんがなぜかはまって一緒にDVDを観たり、楽譜を買ったりしていたもので タイムリーと言えばタイムリーでびっくりもしました。
「解散ライブ」を行わず、「終わります」とキッパリと解散したのは、中田裕二という男のコダワリであり「美学」だと思います。戸惑うファンは多いだろうし、彼の「身勝手」を避難する人も大勢いるだろうと思う。でも、私たちは所詮傍観者で、椿屋四重奏自体がそもそも中田裕二の「身勝手」なのだから、今更どうこう言うのも違うんじゃないかな。
ま、怒髪天が今「辞めます」なんて言ったら、怒り狂うけどね!!(苦笑)
椿屋との出会いは2004年の春。「深紅なる肖像」が発売されるちょっと前だった。
こういうときblogが残ってると便利ですねー。(2007-2009に書いてたやつが消えたのがほんと悔しい・・・。)
「尼崎の魚しかやらないくるり」
って表現してる当時の私(笑)。
小寺さん(ドラム)が同じ玉野市出身だったのを知った仙台ジャンクボックス。
ライブハウスに観に来ていた永田君のお父さんがめっさ似ててダンディーだった熊本ジャンゴ。
POLYハヤシに再会し、海北さんに出会った松山サロンキティ。
物販コーナーでサインもらってキャピキャピしてたら大雨に会った高松モンバス。
まさかその後はまるとは思っていなかった勝手にしやがれの忍さんとのにらめっこ@神戸チキン。
「怒髪ばっかり行かないで」と諭された下北の街角(苦笑)
「演踊」友達もたくさんできた。
就活とバイトと椿屋で活きてた時期。 青春時代、ってやつだったと思う。
永田君お疲れ様。
そして、小寺さん、代表(中田裕二)の今後の活躍に期待したい。
遠征中使ってた鞄。
